1人が本棚に入れています
本棚に追加
どうして、俺は一昨日あたりから、妙にイライラとしているのだろうか。
俺が好きなクラシック演奏の番組をつけながら、夕食の用意をしている妻を、「テレビを観ていないなら消せ、節電を知らないのか」と叱った。
レンタルしたばかりの時は、気遣いもちゃんとできていると、嬉しかったはずなのに。
また、日曜日にサッカーをしようと誘ってきた息子に、「どうして外で遊んでばかりいるんだ、机に座って勉強しろ、馬鹿になるぞ」と注意した。
活発な息子の姿が、ほほえましかったのに。
お疲れ様、とビールを差し出してくれた母親にむかって、「俺がいつでも、ビールを飲みたいなんて言っていない、考えろ」と怒鳴ってしまった。
ありがたいと感謝して、グラスに注がれたひとくちめがたまらなく、おいしかったのに。
生身の家族であれば「どうしたの?」とか「感じ悪い」とか、レスポンスがかえってくる。
しかし、こいつらはしょせんレンタルであり、しかも生身の人間でもない。ただ「申し訳ありません」「お父さんごめんなさい」「悪いねえ」と謝られるばかりで、意見はない。
そんなこと……仕方がない。わかりきっている、当たり前なはず。
わかりきっていることにも関わらず、俺はだんだんとマニュアル通りの反応が鼻についてしまい、「謝ればすむと思っているのか!」と声を荒らげ、ついに息子を突き飛ばしてしまった。
床に倒れた息子は泣きも喚きもせず、小刻みに手足を動かし、ピーピーピーとけたたましいアラームを鳴らしていた。
「おい、大丈夫か?」
「おおおおおととととととさささささごめめめめめめんなななななななななさささあさあああああささささ」
まずい、バグを起こした。
額に冷や汗が浮かぶ。
目の前で、息子が横向きに倒れたまま、うなっている。ぶしゅぶしゅと、黒い煙が耳や鼻から吹き出している。
「……気味が悪い」
思わずぼそり、と吐き出した言葉に妻がふと、悲しげに眉を寄せた。
しょせん生身の人間ではない。触ってもぬくもりも感じない。
妻とも、イライラしだしてからは、抱き合うこともなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!