エピソード

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真っ青な空に向かって白い大きな翼を広げた旅客機が飛んで行くのが見えた。 平日の午前中、人影の見えない公園に一人でいると、妙に孤独な気持ちが押し寄せてきた。 渋井アキラの昨日までの肩書きは、スペインに本社のある航空会社のパイロットである。国際色豊かな航空会社であったけれど、アキラが就職した18年前は日本人のパイロットがまだ珍しい時代だった。 「いつもいっしょだよ……」 フッと大きなため息をつき、もう一度空を見上げた。 大学時代に付き合っていた美咲が結婚したことを知った時も、同じ会社でキャビンアテンダントをしていたマキが退職した時も、「結婚しよう」とは言えなかった。もちろん、二人の女性を愛していなかったわけではない。 西の空にまるで斜陽を浴びているかのような紅のペイントを施した飛行機が向かってくるのが視界に入った。飛行機のペイントには、そのお国柄がよく現れる。ブラジル、サンパウロからの直行便だとアキラは思っていた。 「アキラさん、いきなりいなくなるんだもの!」 息を切らせて駆けてきたのは、羽田空港のグランドスタッフをしている西田ヒカリであった。 「よくここだと分かったね」 木製のベンチをベッドにして寝転んでいたアキラが頭を持ち上げて、白いブラウスにジーンズ姿のヒカリを見上げた。ヒカリはまだ20歳。40代に手が届きそうなアキラには、娘のような存在だった。 「いつだかココに来ると落ち着くって言ってたでしょ?」 ヒカリが話しながらアキラの脇に腰を下ろした。 アキラの視線に気づかないのか、ヒカリは空を見上げて動かなかった。親子ほど歳が離れている二人にとって、ただ青い空を見上げているこの瞬間が特別に思えた。だから、何も話そうとはしない。アキラはただ、まっすぐにヒカリの見上げる空の彼方を眺めていた。
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