第1章

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 するとちょっと薄着の私の上を、薫る風がまるで卑猥に舌で舐めるように通り過ぎる。 あぁ、このいやらしさを感じている間は私は生きている、とずっと昔から密かに楽しんできた。 でも、どうやらもうそれもおしまいね。  いえ、いいの。 もう数年前から、これが最後かもしれないとあの季節をたっぷりと味わってきた。 八十を超えた婆さんのタンクトップとショートパンツ姿なんてだれも見たく無いでしょう。 でも私の中ではローティーンの私だった。  肩から肘までの腕はぽりんぽりんに細く、でも脚は日々長く延び、おっぱいもお風呂上りに鏡の前でギュッと体をひねると少しづつ格好良く大きくなっていたあの頃。  あの頃から何十年面倒なブラというものをつけてきたんだろう。 いえいえそれどころか、あの後やってきた生理ってものに何十年つきまとわれたんだろう。  あら?どうやらそれも終わったのかな?と思った時、本当に何十年ぶりの開放感に思わず叫び出したくなった開放感を今でも覚えている。 その時、自分でもおかしいのだけど、あの初潮を迎える前のぽりんぽりんの感覚が蘇ってきた。 主人はそうやって突然はしゃぎだしたわたしを不思議そうに見ていたけど、ほんと、気持ちは少女のように軽やかになっていたのよ。  あはは、あのぴかぴかに光ったオッパイは、今は収穫され忘れた野菜みたい。 ぶよぶよしてた二の腕は確かに細くなったけど、あらあら、べろんべろんの皺だらけ。 でも誰が見ているわけじゃ無い。 家の中を龍のように畝り通り過ぎる五月の風の中、一人婆あがタンクトップとショートパンツで寝転んでいる。 あぁ、本当にこの風が私をあの世に連れて行ってくれたらと何度願ったことか。   「いや、私はまだ死んだことがないのでわかりません」  まぁ、そうなのよね。 本当に頭のいい医者って野暮よね。 野暮なら野暮なりに徹底的に科学的に死ぬってことを研究しないのかしら。  そんなことを考えながら何日経ったのかしら。  段々とからだが怠くなってきた。 痛いとか辛いとかじゃないけど、何というのかな、そう、五十とか六十辺りの頃、筋力が落ちて気持ちと体の動きがずれてきた。 あの頃のもどかしさが全身を覆いだしたという感じ。
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