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確か、あの子も今ならこのくらいの見た目なのかな。嬉しそうにキャンディを舐める五、六歳程の娘を見て、男は思う。
「あ!」
キャンディを投げ飛ばし、娘は店の窓越しから見えるぬいぐるみを見る。男は慌ててキャンディを掴んだが、掴んだのは丁度娘が舐めていた所。怪訝そうな顔をし、掴んだ指先を二、三回振ると、娘の方へと歩み寄る。
「かわいいなぁ!」
娘は目を輝かせながら窓とキスをする。流石に、通りがかりの人々の視線が痛い。
「あー、分かった。買うから買うから」
男が言うと、娘は、「やったぁ!!」と店内へ走る。
やれやれ。こんなことならあのまま置いて来れば良かった。男が思ったのは、此処だけの話。
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店を出た後、娘の手には、その体の半分程の大きさはある大きなワニのぬいぐるみがいた。てっきりその隣にあった犬のぬいぐるみだと思っていたので、半額と書かれていたワニのぬいぐるみで、男は少しだけホッとしている。
「ねぇ、その飴食べて良いよ」
「いらないよ。というか、捨てて良い?」
一方、手の空いている男の手には、娘が食べ飽きたキャンディを持たされている。幾ら何でも、食べかけの飴を舐められる程、男もガサツではない。
「駄目だよ、食べ物は大事にしろって、昔おとうさんが言ってた」
そう言えば、自分もそんなこと娘に言ったことがあったな。どこの父親も一緒か。男は、思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ、もう少しだけ持ってるから、自分で食べ始めたものは、自分で食べきりなさい」
「うーん。でも、甘すぎて飽きちゃったし、喉も渇いたもん。お茶が欲しい」
注文の多い子だ、親の顔が見てみたい。男は娘とは反対方向に顔を向け、顔をしかめる。
その視線の先に、自動販売機を見つけた。知らないふりをしようかと思ったが、また娘が自動販売機に近づき、今度は冷た~いお茶の置いてある場所を撫で始める。露骨に図々しい。男は思ったが、たった百円を払わない自分も嫌になるので、仕方なく小銭を入れた。その瞬間、何も言わず購入ボタンを押す。礼も無しかい。男は娘の後頭部を睨みつける。
すると、娘はくるりと振り返り、鋭い眼光の男に向かってにっこり笑う。
「有難う、おじさん? 半分こしよう?」
図々しいが、どこか憎めない子だ。男は表情を緩め、困ったように首を横に振った。
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