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目指すは交番だ。交番で事情を話せば、きっと娘も事実を話してくれるだろうし、自分の役目も終わる。今は自分の娘のいない彼にとって、それは少々寂しいことであったが、この娘にもちゃんと親がいるのだ。今日中に返さねば、それこそ自分が誘拐犯扱いされてしまう。それだけは、避けねばならない。
「おとうさん、あ、間違えた。おじさん、このキーホルダーって、UFOキャッチャーで取ったやつでしょ?」
隣にいる娘が、男が手渡したキーホルダーを指さして言った。そのキーホルダーは、開いたワニの口の中に残酷に挟まっている。
「ああ。まあな」
「おじさんって、取るの上手いの?」
「一発では取れないが、数回やれば何とか」
「ふぅん」
男は、自分の発言を後悔した。ちょっと自慢したいと言う感情を、彼女に利用されてしまった気がする。そこも何だか恥ずかしい。
「じゃあおじさん! 私欲しいのあるから、その腕前見せてよ!」
案の定。男は深いため息をつき、「あいよ」と答えると、娘と共に、数メートル先に見えるゲームセンターへと入って行った。
・ ・ ・
ゲームセンターでは、若者たちの話し声や、機械音でうるさい。その上、隣にいる娘は欲しい商品をケース越しに抱きしめ、頬を擦り付ける。非常に気が散る。
「おじさーん、もう五百円入れて六回分終わったよー。ほんとに上手いのー?」
「うるさい! と言うか、ケースから離れんか、気が散るんだよ」
自慢してしまった以上、景品を取れないのは男の恥。男は本気で挑む為、しっしと手を振り、娘をUFOキャッチャーから離す。娘は唇を尖らせながら、数歩後ずさった。
男はもう五百円入れ、娘が欲しがるオシャレなデザインの目覚まし時計を狙う。小さな穴に引っ掛ける仕組みのUFOキャッチャーだ。幾ら得意でも、かなりの集中力を必要とするだろう。目を細め、眉間に力を込め、強くボタンを押す。
震える糸の先、頼りないフックが揺れる。
「あ! いける! いける!」
「お、おい、動くな!」
娘は商品が手に入りそうな喜びから、ついUFOキャッチャーにタックルしてしまった。
すると、その反動で、景品が前に倒れてしまい、当然景品を取ることは不可能となってしまった。
「……ごめん」
「……もういい、後の五回は君が遊びなさい」
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