知らない人には

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 娘は残りの五回を楽しんで遊んだが、勿論、そのフックが穴に引っかかることは一度として無かった。  ・ ・ ・ 「おじさん、ゲームセンターで千円無くなっちゃったね」 「誰のせいじゃ誰の」 「UFOキャッチャー」  呆れた。男は返す言葉も失った。  夕暮れには返そうと思っていたのに、色々と娘に連れまわされ、気づけば空は黒く染まっている。  最初はただの善意で娘を連れてきたはずなのに、何故か娘に振り回され、かなりの出費を促されているのだから。将来、この子は魔性の女になる気がする。他人事ながら、若干心配になる。 「ねぇおじさん、そろそろお家帰りたい。此処から近いから、おじさんエスコートしてよ」 「え、家近いの?」  娘はコクリと頷く。  あの男、あんな近場でよく誘拐の電話したな。放っておいても、これならすぐ捕まったんじゃ無いのだろうか。そもそも、あの男の行動は今思うと穴だらけだった。今もこうして男が此処にやって来ない辺り、思い付きで誘拐したのかもしれない。 「じゃあ、住所分かる?」 「ううん。でもね、この町の建物は分かるから、建物辿って教えるね。まず、此処を真っすぐ行って……」  娘は家へと通じる道を指さし、男を歩かせる。  本当の所、男もこの町のことはよく知っていた。数年、意図してこの町の隣の町に住んでいたのだが、どうしても思い出の多いこの町の雰囲気に包まれたくて、久々にやって来たのだ。多少景色が変わるかと思っていたが、切なくなる程、店は変わっていない。娘にぬいぐるみを買った雑貨店も、娘にお茶を買った自動販売機の向こうにあるスーパーも、娘に千円すられたゲームセンターも。 「でね、此処を曲がったら近道なんだけど、今日は怖い番犬の遠吠えが聞こえるから、ちょっと遠回りするよ。こっちにはね、可愛い顔の狛犬の神社があって。おかあさんが言ってたけど、おとうさんはおバカだから、何時も願い事を口に出しちゃってたって。あれだから、出世しなかったんだって言ってた」  変わらない風景に気を取られかけていたが、この娘の言う思い出話。まるで、自分のことを言われているようだった。口に出しちゃってたと言うよりは、願い事は言うものだと思い込んでいたのだが。  男が目を見開いて娘の方を見ると、娘は男の方へと顔を上げて、眉を下げて笑って言った。 「私は好きだけど、そんなおとうさん」
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