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その瞳が、あまりにも寂しそうで、何かを伝えたがっているようで。男は言葉に詰まった。
いや、本当は分かっていた。さっきの道もこの道も、全て幼い自分の娘と歩いた場所。まぁ、娘がその道を覚えているとは限らないが。
男は娘から目を逸らすと、背中をポンと叩く。
「こら、暗いんだからどうでも良い話してないで、さっさと家を案内する!」
男は眉を上げて娘に言った。娘は悲しそうに眉を下げたが、一つ頷き、とぼとぼと歩き出した。今までの明るさが嘘のように、口数を減らして。そんな寂しそうで小さな背中を、男は黙って見つめていた。
・ ・ ・
「ここ、私の家なの。なんか、懐かしい感じの見た目でしょ?」
駄目押しと言わんばかりの、娘の一言。それに対し、男は手を組んで首を傾げる。
「まぁ、どこにでもある感じの家じゃないか?」
嘘だ。本当は、汗水たらして、時に屈辱的な思いもして必死に貰ったお金で買った、自分と家族の為の大事な家。だが、それを言うことは出来ないのだ、今の自分には。
「もう、帰るの?」
「ああ、帰る。誘拐犯と間違われても嫌だから。ただな、帰る前に一つ言っとく」
男はしゃがみ、娘と目を合わせて言った。
「いいか! 幾ら物を渡されても、知らない人にこれ以上ついて行くんじゃない!」
今までとは違う男の言い方に、娘は思わず一歩後ずさった。その後胸に手を当て、大きく跳ねた心臓を落ち着ける。
「で、でも……おじさんはもう知らない人じゃないよ……?」
「いいや。君とおじさんはもう知らない人だ。これまでも、この先も」
男は立ち上がると、娘に背を向けて歩き出す。真っ暗な空の所為か。つい過去を思い出す。
『月に一回、いいや、年に一回だけでも良い。せめて、娘には会わせてくれないか』
『何言ってるの?ろくに稼げもしない男に、そんな権利あるわけないでしょう。一回だって会わせないわ。娘に悪い気が移ったら嫌ですもの』
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