知らない人には

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 男は数年前に妻と離婚した。理由は、夫の稼ぎが悪いから。と、公では言われているが、実際のところは夫の稼ぎを理由に妻が金持ちの男と浮気していたのだ。地位や名誉の好きな妻にとって、男は目障りな存在。結局、男は妻に捨てられたのだ。そして、幼い娘は当然経済環境の良い妻の方へと引き取られることになる。男は何度か娘に会いたいと説得したが、妻は聞く耳を持ってくれず、それどころか、この町に足を踏み入れるなとまで言ってのけたのだ。  だから、男がこの町に来たこと、ましてや娘と会ってしまったことなど言えるはずがないのだ。口が裂けても。 「知ってるよ!」  娘が大きな声で、男に聞こえるように言った。驚いた男は思わず振り返る。 「でも、知らない! おじさんはまた知らない人だから、私何度も知らないおじさんに、会いに行くよ!」  娘は、瞳を揺らしながら、笑顔で言った。  この子は、一体どんな思いでこんなことを言ったのか。娘は、この家にいて幸せなのだろうか。多くの疑問と憶測がよぎる。  男はゆっくりと娘の下へと戻る。 「忘れろ」  男は一言だけ言い、微笑むと、娘の頭を撫でた。  どう受け取ったら良いのか。戸惑う娘に背を向けると、ゆっくりと隣町の方向へと歩き出し、背を向けたまま手を振った。 「うん! またね、おじさん!」  娘は満面の笑みで、男が見えなくなるまで手を振り続けた。  ・ ・ ・  翌日、男は一週間ぶりにシャワーを浴び、シワ一つ無いスーツを着た。もともと細身の体なので、シルエットがバッチリ決まっている。長かった髪も床屋で切り、準備は万端。これでは、あの子が気づかないかもしれないな。男はくすりと笑う。  面接の雰囲気は良好。此処で採用してもらえれば、給料も少し贅沢出来る程度に安定するだろう。  とりあえず、今日はゲームセンターで一狩りしてから帰るか。歩き出した男の腕に、何かが触れる。 「こんにちは知らないおじさん!」  聞き覚えのある声。男が振り向くと、そこには、見覚えのある顔があった。 「こんにちは……どうした? 君、まさか隣町から一人で来たのかい?」 「ううん、友達と待ち合わせって言って、バス代貰って来ちゃった」 「コラコラ」  男は拳を握り、娘の頭を小突くフリをする。娘はケラケラと笑った。
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