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母さんは一年前に亡くなった。
交通事故だった。
いつも必ず出勤する時に通っていたこの十字路で、
母さんは信号無視のトラックにはねられたのだ。
会事故の時トラックを運転していた大柄の男は、何度も僕に謝ってきた。
そして定期的に十字路に花を添え、俺んちまで来てお線香をあげに来てくれた。
その日からか他人との繋がりを無意識に絶っていた。
母さんは「ひとりじゃないんだからね!」
と言うのが口癖だった。
ぶっきらぼうながらも仕事、恋愛、友達と喧嘩した後仲直りの仕方を一緒に考えたりした時も、母さんは同じセリフを投げかけてくれた。自分が心を許せるのは、女で1つで育ててきてくれた母さんだけだったかもしれない。
ある日、このままでは俺自身も前に進めないのではないかと思い、強くなるための決断をした。
お線香をあげに来てくれた彼を俺は追い返し、
関係を断ち切るように様々な事を言ってしまった。
彼をひどく傷つけたに違いない。
しかし、これで良いのだ。
彼がお線香を上げに来ることは無くなった。
1ヶ月後、仕事がピークで休日返上で8連勤し最終日も遅くまで長引いていた。
終電を降りて最寄り駅に着いた俺は、体力を振り絞り帰り道を歩いていた。
帰ったら寝よう。帰ったら寝よう。
その時、突如右からのまばゆい光に目を細めた。
鳴り響くクラクション。
赤く点灯した信号。
俺は車に轢かれようとしてる事に気付いた。
妙な安心感があり心の中でそれを受け止めた。
ひとりじゃない世界ならそこに行きたい。
次の瞬間、右肩に強い衝撃を受け俺は吹っ飛んだ。
その衝撃にぬくもりを感じパッと目を開けると、彼が俺を守るように覆いかぶさっていた。
彼はものすごい形相で俺に怒った。
なぜか母さんに言われたような気がして、自然と涙が溢れた。
近くの小さな公園で彼から、先週ここで自殺を試みた事、俺の母さんが彼を守った事を話してくれた。
彼が見た母さんから、「ひとりじゃないんだからね。」と優しく言われたらしい。
俺が彼にひどく当たったのは、ちょうどその後だったそうだ。
苦しんでたのも、前に進もうとしてたのも俺だけじゃない。
「ひとりじゃないんですね。俺たち。」
そう言って肩を抱き合った俺らの目から、しばらくの間涙が止まる事は無かった。
俺の心の穴がゆっくりと、ゆっくりと、閉じていくのを感じた。
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