ひとりじゃない

2/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
母さんは一年前に亡くなった。 交通事故だった。 いつも必ず出勤する時に通っていたこの十字路で、 母さんは信号無視のトラックにはねられたのだ。 会事故の時トラックを運転していた大柄の男は、何度も僕に謝ってきた。 そして定期的に十字路に花を添え、俺んちまで来てお線香をあげに来てくれた。 その日からか他人との繋がりを無意識に絶っていた。 母さんは「ひとりじゃないんだからね!」 と言うのが口癖だった。 ぶっきらぼうながらも仕事、恋愛、友達と喧嘩した後仲直りの仕方を一緒に考えたりした時も、母さんは同じセリフを投げかけてくれた。自分が心を許せるのは、女で1つで育ててきてくれた母さんだけだったかもしれない。 ある日、このままでは俺自身も前に進めないのではないかと思い、強くなるための決断をした。 お線香をあげに来てくれた彼を俺は追い返し、 関係を断ち切るように様々な事を言ってしまった。 彼をひどく傷つけたに違いない。 しかし、これで良いのだ。 彼がお線香を上げに来ることは無くなった。 1ヶ月後、仕事がピークで休日返上で8連勤し最終日も遅くまで長引いていた。 終電を降りて最寄り駅に着いた俺は、体力を振り絞り帰り道を歩いていた。 帰ったら寝よう。帰ったら寝よう。 その時、突如右からのまばゆい光に目を細めた。 鳴り響くクラクション。 赤く点灯した信号。 俺は車に轢かれようとしてる事に気付いた。 妙な安心感があり心の中でそれを受け止めた。 ひとりじゃない世界ならそこに行きたい。 次の瞬間、右肩に強い衝撃を受け俺は吹っ飛んだ。 その衝撃にぬくもりを感じパッと目を開けると、彼が俺を守るように覆いかぶさっていた。 彼はものすごい形相で俺に怒った。 なぜか母さんに言われたような気がして、自然と涙が溢れた。 近くの小さな公園で彼から、先週ここで自殺を試みた事、俺の母さんが彼を守った事を話してくれた。 彼が見た母さんから、「ひとりじゃないんだからね。」と優しく言われたらしい。 俺が彼にひどく当たったのは、ちょうどその後だったそうだ。 苦しんでたのも、前に進もうとしてたのも俺だけじゃない。 「ひとりじゃないんですね。俺たち。」 そう言って肩を抱き合った俺らの目から、しばらくの間涙が止まる事は無かった。 俺の心の穴がゆっくりと、ゆっくりと、閉じていくのを感じた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!