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ほどなくして、凪沙の右足首辺りに開けられた小さな風穴は自己再生により塞がった。しかし、傷は無くなれど痛みは未だ引く気配は無かった。
普通に生活していればまず味わう事のない激痛に、凪沙は先ほどまでの勢いを完全にへし折られ蹲ることしかできなかった。
「うぐぅ……ど、どうして……」
そして、流血のように染み出してくる“何故?”という怯えの色が濃い疑問。
未散の両手に突如として出現した本物の銃。これについては今は些細な疑問として横に置いておくとして──問題はもっと別のところにある。
「どうして……あたしを撃ったの……?」
横たわりながら凪沙は恐る恐る訊いた。
階段の上に立つ初恋相手──未散に。
「……」
二丁拳銃の女子高生は暫し考える。
凪沙を撃った理由ではなく──凪沙に理由を説明する必要性について。
正直、非合理的だ。今から始末する相手に、始末する理由を説明するのは。
(でも、まあ)
少しぐらいなら時間を割いてもいいか、と未散は思った。なにせ最初の“同類殺し”だ。声に出して言えば自分が今から何をするのかという再認識にもなるし、ちょっとした決意表明じみたものにもなる。車を運転する際の指差し確認みたいなものだ。教えられた最初は実施しても、以降はしない。誰もしない。しない方が、“普通”なのだ。
ほんの気まぐれ。ちょっとした、気の迷い。
そういった僅かで微かな不具合が、少女の口をゆっくりと開かせる。
「……そうだね、とりあえずは威嚇射撃かな」
淡々と語り始める未散の声を、凪沙は戸惑いと恐怖が入り混じった面持ちで聞き入る。
そして、未散の後方で様子を見ていたミサキも、口を挟む事なく黙って耳を傾ける。物憂げで、どこか遣る瀬無い表情のまま。
「い、かく、しゃげき……?」
「そう、威嚇射撃。凪沙がいきなりこっちに飛びかかってこようとしたから、とりあえず撃っただけ。いくら人間よりも身体能力が高くなってるとはいえ、目にも留まらぬ速さってワケでもないし、足首を狙うのは難しくなかったよ」
抑揚のない声で未散は語る。
そのあまりにも事務的で冷酷な受け答えに、凪沙の顔はさらに青ざめる。いくら吸血鬼と化しているとはいえ──いくら狂気的な愛を振り翳すとはいえ、元はただの女子高生。痛みには悲鳴で答えるし、本物の銃を向けられたら命の危機を覚える。そんな当たり前の反応ができる普通の女子高生だ。ゆえに、凪沙はただただ戦慄する。まるで雑草の刈り取り方を説明するかのような気軽さでスラスラと話す未散に。
一方、ミサキは未散の言葉にちょっとした違和感を覚えていた。
(ふーん……“足首を狙うのは難しくなかった”、ねぇ。なら未散、アナタはどうして──最初の一撃で蒼乃凪沙の頭を狙わなかったんでしょうネ)
吸血鬼は決して不老不死ではない。単に人間より強くて頑丈で死ににくいだけだ。だから即死級のダメージを受ければ普通に死に至る。当たり前だ。HPが一撃で0になるのと、大ダメージを受けてHPが僅かに残るのとでは天と地ほどの差があるのだから。
(いくら未散がドライで合理的な子であっても、やっぱり同級生を機械的に始末するほど冷血じゃあないってコトなんですかねえ……)
ミサキは少しだけ安堵した。
仮に未散が先ほどの一撃で即座に──雑草を引っこ抜くかのような気軽さで蒼乃凪沙を始末していたなら、ミサキは未散の人間性に疑問を抱かざるを得なかったかもしれない。
しかし凪沙にとっては一撃で始末されなかった分、残酷な仕打ちとも言えよう。本物の銃で撃たれたという痛みと恐怖を植え付けられ、そして次は本当に──殺されるのだから。恋い焦がれた女の手によって。
(……この現状を招いたのはワタシだ)
だから、口を挟む資格も止める資格もない。未散が人間に戻りたいと願うなら──その為に同級生を始末するというのなら。今はただ静かに彼女の行動を、意思を、尊重するしかない、とミサキは表情を曇らせながら二丁拳銃の女子高生の背中を見守る。
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