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凪沙は階段の上で未散と親しげ(?)に会話している栗色髪の女に対して“読心”を使った。
(一体どこのどいつなワケ? 見ない顔の癖に、未散のそばに立つな。あたしよりも近くに立つな──ッ!)
紅蓮の瞳は嫉妬に燃える炎の如く。
しかし聞こえてくるのは声ではなく無機質で無慈悲な雑音のみ。有益な情報は何一つとして得られなかった。
肝心な時に役に立たない力なんて、何の意味も無い。小さく舌打ちをする凪沙であったが、まあいいやと諦めて能力を解除する。
栗色髪の女が未散とどういう関係であろうと、どのみち邪魔者であることに変わりはない。
「とにかくさあ、未散の隣はあたしのモンだ。邪魔するなら解体してトイレに流してやるから☆」
凪沙は手に持ったバタフライナイフをペン回しのように器用に踊らせてから今一度しっかりと握り締めて、階段を踏み壊すような勢いの重い一歩を踏み出す。
ただのバタフライナイフで人体を解体すのは至難の業だろうな、と思いながら未散は固有能力を発動して全てを終わらせようとするが、
「だァァァちょちょちょちょっと待ってくださいって! アナタにはまだ訊きたいコトがあるんですってば! ナイフ下ろして!」
ぶんぶんと両手を振り、凪沙に停止を促すミサキ。それによって、女子高生の能力発動は中断された。凪沙は怪訝そうな表情を浮かべながら、片足を階段に乗せた状態でその歩みを止める。
「訊きたいコトぉ?」
「そ、そうです。アナタを吸血鬼にした奴について一つ伺いたいんです。榊葉夜翅──という名前に聞き覚えはありませんか?」
「ヨハネぇ……? ああ、確かそんな名前で呼ばれてたような気がすんね、あんまよく覚えてないけどさ」
その凪沙の言葉に、未散は少しだけ引っかかるものを感じた。
(“呼ばれてた”……? 誰に?)
ここにきて初めて浮上する第三者の存在。まさか榊葉夜翅には協力者がいるのだろうか、と未散は考える。
(いや、いてもおかしくないか。どれだけ出鱈目に強くても、たった一人で組織から逃げ続ける事なんて難しいだろうし)
ちょっと面倒だな、と少女は思うと同時にこれまた好都合だとも思った。協力者も吸血鬼であれば、芋づる式に処断して人間に戻る為の“同類殺し”を重ねる事ができる。重罪人の協力者ならばどんな事情があろうとそいつらも同罪──執行対象になるはず。
そうなると、少しでも榊葉夜翅の情報を凪沙から吐かせる必要があるな、と未散は思う。凪沙に鉛玉を撃ち込むのはそれからだ。
「呼ばれてた──というコトは、アナタが榊葉夜翅と遭遇した際、彼は仲間を連れていたというコトですか?」
特に示し合わせたわけでもないのに、未散が尋ねようとした事をミサキが代わりに訊いたので、女子高生は手間が省けたと思いながら静かに耳を傾ける。が、
「ハハハ! 教えにゃ〜〜い。だってあんた言ったよねぇ“一つ伺いたい”って。だからあたしが教えるのも一つだけ。二つも伺おうとするなんて図々しいんだよブァーーーーカ死ねッ!!」
凪沙は中指をピンと立ててそう言った。
その乱暴で棘のある返答に、ミサキは憤りを感じることはなかった。どちらかと言えば“どうしてそこまで言われなきゃいけないんだろう”という、やるせない悲しさがあった。
「うぐぅ、そりゃ確かに“一つ”って言いましたヨ? 言いましたケドも……あーもーなんでこう今時の子って憎たらしいというか反論しにくい口撃をしてくるんでしょう。類は友を呼ぶってコトなんですかネ……」
隣にいる女子高生を横目で見ながら最後の方は聞こえるか聞こえないかぐらいの、空気が抜けるようなトーンでミサキはそう漏らした。
「……だから歳二つしか変わんないでしょうが」
こんなツッコミ、なんか前にもしたなと思いながら未散はウンザリした様子で溜息を吐く。
それに、ミサキは“類は友を呼ぶ”と言ったが、凪沙は同類でもなければ友達でもない。たまたま近くにいて、たまたま今日まで関係が続いていただけだ。ああ──この声も凪沙には聞こえているのだろうか、と女子高生は不意に思い至る。しかしすぐにどうでもいい事だと切り捨てた。
「……じゃあ凪沙、私から一つ訊いていい?」
未散は一歩だけ前に出て、控えめに手を挙げながらそう切り出した。
すると、その言葉を聞いた凪沙の表情は目に見えて嬉しそうなものへと変わっていった。まるで花の開花の瞬間を早送りで見ているようだった。
「……〜〜〜〜ッッ!! うん、うんうんッ! イイよイイよ! 未散なら一つでも二つでも、いくつでも訊いちゃってオッケーだから!」
「えぇ……なんなんですかこの扱いの違い」
釈然としないミサキは複雑な心境を抱えたまま、ぶつくさと文句を垂れていた。
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