113人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうして、かあ」
未散から投げかけられた質問を吟味するように、凪沙は自らの口でゆるりと繰り返す。
そして、咲くような──裂くような笑みを浮かべて、少女は歌うように語る。
「そりゃあ、未散が好きだからだよ。うん、良い機会だし言うね。あたし──蒼乃凪沙は朱咲未散が大好きです! ライクじゃなくてラブ!」
あまりにも堂々とした、真正面からの告白シーンに何故か第三者であるミサキが赤面する。
(キ、キマシタワー! ……じゃなくて、えぇッ!? 何故そこでラブッ!? まさかの展開にワタシ、処理能力が追いつかない……。っていうか、未散は驚いていないんでしょうか……)
後方からでは未散の表情は伺えない。しかし後ろ姿を見る限りでは、動揺や驚愕の様子は見受けられない。ただ微動だにせず立っているだけだ。
凪沙の恋する乙女のような言葉はさらに続く。
「あたしは今まで誰かに恋愛感情を抱いた事が無かった。楽しそうに恋バナをする連中の気持ちなんてこれっぽっちも理解できなかった。けど中学の時、初めて未散を見た瞬間──胸が熱くなった。ドキドキした、ジンジンした、バクバクした! 今まで感じた事の無い感覚で……きっとこれが恋なんだ! って心で理解したッ!」
大袈裟なまでに腕を広げ、演説の如き熱の入りようで自身の初恋を語る凪沙。
「あたしは未散のどこが好きなんだろうって考えた。やっぱり最初は顔だった。ストライクゾーンってこういう事かあ〜って思ったよ。そんでそんで、未散とちょっとずつ話すようになってからそのテンション低めな感じも好きになっていった! 気の抜けた炭酸みたいな声も好き! ああ〜もうダメだ! 未散の好きなトコ挙げてったらキリがないッ!」
頭を抱えてぶんぶんと犬のように左右に振る凪沙。本当に未散の好きな部分は湯水のように際限なく湧いてくるようだ。
「──でもね」
ピタリと動きを止め、野良吸血鬼の少女はその声のトーンを落とす。
「あたしは女で、未散も女じゃん。同性愛って、あたしは全然構わないんだけど、未散は嫌がるだろうな・抵抗あるだろうなーと思って、ずっとずうっと好きって気持ちを抑え込んできた。近くで未散の顔を見れるならそれでいいやって自分に言い聞かせてきた。けど最近になって──なーんかどうでもよくなってきちゃってサ♪」
凪沙の表情に、狂気が舞い戻る。
そして少女の独白を未散の後方で聞いていたミサキはなるほどと理解した。
(最近──つまり榊葉夜翅と接触してからってコトですね。人間を超越した吸血鬼の力が、彼女を縛っていた自制心という名の枷を遠慮無しに破壊した。なんともまあ……)
ありがちな話だ、と栗色髪の吸血鬼は野良吸血鬼を憐れむ。力に溺れ、過ちを犯し、執行課に始末された者達を何人も何人も見てきたからだ。
人が堕ちていく様を見るのは、やはり辛いものがある。ミサキのような比較的優しい心の持ち主であればそれはなおさら。人間としての道を外れ、さらに吸血鬼としての道を外れた者は──昏い闇に廃棄する他ない。
「ハハハハハハ! この吸血鬼の力があれば、力ずくにでも未散をあたしのモノにするコトができるって寸法さァ! しかも今の未散はあたしと同じ吸血鬼! お揃いなんてサイッコーじゃん! さあイクよ未散、あたしの恋人になる準備はできた? 顔さえ無事なら後はどうでもいいよね。だってあたしが最初に好きになったのは未散の顔なんだからさァァァァアアッッ!!」
咆哮と同時、遂に凪沙は檻から解き放たれた猛獣のように階段を駆け上がり、一気に未散との距離を詰めた。そして人間を超越した吸血鬼の膂力を用いて初恋相手を押し倒し、歪んだ愛をバタフライナイフに乗せ、首から下をランダムに滅多刺しにする。
──はずだった。
「え?」
凪沙は階段を駆け上がってなどいなかった。どころか、転げ落ちて踊り場に倒れ込んでしまっていた。壊れた人形のように。
「?? ……??」
気持ちが先走り過ぎて、理解が追いつかない。
そうだ、未散はどこに? と凪沙は上体を起こし、階段の上を見る。そこには依然変わりなく朱咲未散が立っていた。
先程までと違うのは、彼女の両手に銃が握られているという事だろうか。そしてその内の一つは蒼乃凪沙に向けられていた。
「話、長い」
未散は短くそう言った。
「え……何ソレ未散、ホンモノ? てか、いつどっから取り出したワケ?」
状況を把握できていない凪沙は声を震わせながら恐る恐る問いかける。
「……本物じゃなかったら、あんたの足は撃ち抜けないと思うけど?」
足。
そのワードを耳にして凪沙は自身の足に意識を向ける。そこでようやく自分がどういう状況なのかを理解し始める。そして同時に──情け容赦無い激痛が彼女を襲う。
「あ、ああ、あっあっあっあし、あしっ足がっ……あたしの足がああああああーーッッ!!」
痛々しい悲鳴が響き渡る。
凪沙は右足首辺りから出血していた。その原因は、銃弾が貫通した事によってできた銃創。
そう、未散は既に固有能力を発動させ、発砲していたのだ。凪沙が階段を駆け上がろうとし、最初の一歩として上げた足が地に付く前に。
足に弾を受けた凪沙はバランスを崩し、そのままスタントマンのように階段を転げ落ちていったというわけである。
「痛い、痛い痛い、痛い痛い痛いぃ……!」
ナイフなどとっくに手放し、傷の辺りを両手で抑え、涙を流しながらのたうち回る凪沙を、未散はとくに気遣う様子を見せることもなくただ冷淡に赤い瞳で見つめていた。
「全く……大袈裟すぎでしょ、高校生にもなって泣き喚くなんて」
最初のコメントを投稿しよう!