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†††
「────」
凪沙の脳内は混乱し、混沌としていた。
未散が何を言っているのか分からない。いや、そもそも階段の上にいるのは本当に自分が知っている“朱咲未散”なのか? それすらも分からない、理解らない、ワ空無イ。
けれど、これだけは確かに言える。
たとえ今まで接してきた“未散”が偽物だったとしても、この感情は本物だ──と。
銃で撃たれ、痛みと恐怖にあっさりと塗り潰されてしまうほど──、
(あたしの想いは! 愛は! 安くないッ!!)
風前の灯火だった凪沙の恋心は再び燃え狂う。捻れ炎上する火災旋風の如く。
床に爪を立て、立ち上がろうとする。まずはナイフだ。ナイフを拾って、切っ先に愛を込めて未散に突き立てるのだ。自分にできる最大限の速度で、それを実行に移す。
移そうとしたのだが。
「──痛ッ!?」
ナイフを拾おうと伸ばした凪沙の右手。それを未散は空き缶を潰すように思い切り踏みにじり、床へと縫い付けた。
「……させないよ。まったくもう、これ以上面倒な展開にしないでくれる?」
本当に心の底から面倒臭そうな声色で、二丁拳銃の女子高生は溜息混じりに言う。
「ぎゃぁぁぁあッ! 痛い、痛いってば!」
鈍痛に喘ぎながら、凪沙は再び疑問に悩まされる。今度の悩みは至ってシンプルなもの。
(な、なんで階段の上にいた未散がこんなにもアッサリあたしの手を踏みつける事ができたっての……!?)
別に未散の動きが速いわけではない。単に凪沙の動きが遅すぎただけだ。凪沙自身は速く動いたつもりだったのかもしれないが、未散にとっては欠伸が出るほど遅かったというだけの話。
気持ちだけが先へ先へと突き進む凪沙。だから未散の発砲にも気付かなかったし、彼女がこうして手を踏みつける為に接近してきた事にも気付かなかったのである。
恋は盲目──凪沙の狂った恋心は彼女の五感を鈍らせてしまっていた。今の彼女の感覚は普遍的な吸血鬼以下どころか、ただの人間以下だ。
「さて、と」
そろそろ昼休みも終わる頃だし、さっさと済ませて教室に戻ろう──と、まるでお手洗いに行くかのような感覚で未散は凪沙の手を踏みつけている足を退けることなく、中腰になりつつ同級生の後頭部に銃を突きつける。
ゴツリ、という重く鈍い感触に野良吸血鬼──凪沙の喉は干上がる。壊れた感覚でも、それが銃であると察するのは容易だった。
「や、やだっ、嫌だァァァッ! 死にたくないッ! 死にたくないぃぃッ! やめて! お願いだからやめてよ未散ッ!!」
凪沙って命の危機が迫ったら命乞いするタイプなのか、とどうでもいい新発見をしつつ未散は迷うことなく引き金に指をかける。
「……悪いけど、こっちにも都合があるからやめるワケにはいかないんだよね」
「都合? 都合って何? あたしを撃たなきゃならないほどの理由ってなんなのさ!?」
「……」
面倒臭いなと思いつつ、未散は口を開く。
「なんか吸血鬼が吸血鬼を殺すと人間に戻れるらしくてさ。そしたらたまたま近くに吸血鬼になった凪沙がいたから、まあ流れ的に……ね」
かなり大雑把かつ色々と省略されている説明だった。ゆえに凪沙は信じる事ができなかった。たとえ大好きな人の言葉であっても。
「ハ、ハハ、ハハハハハ……。嘘だよね、未散。嘘って言ってよ、ねえ」
床に突っ伏したまま、乾いた笑いを零す凪沙。
相手を殺そうとしているのは奇しくも互いに同じ。しかし凪沙は捻れ歪んだ情熱的な恋心ゆえに。対する未散はただ淡々とした事務的かつ合理的な思考に基づいた結果ゆえに。
「……嘘かどうかは、あんたの能力で確かめてみれば?」
「──ッ!」
蒼乃凪沙の固有能力・“読心”。
その手があったか、と凪沙はハッとする。誰しも心の声にまで嘘をつく事はできない。この能力を通して聞こえる声は全て真実。
凪沙は僅かな力を振り絞り、うつ伏せ状態のまま首だけを横に向けた。さらに眼球のみを動かしてなんとか視界に未散を入れる。そしてその瞳の色を血のような赤に変えた。
(雑音混じりでもいい、ほんの少しだけでもいい! 未散の本心を聞ければ──ッ!)
普段は調子の悪いラジオのような聞こえ方をする凪沙の固有能力。なので彼女自身もあまり期待はしていなかった。数秒でも未散の心の声が聞けたら御の字だと思っていた。
けれど、この時だけは何故か違った。
雲一つない空のようにクリアな音声が聞こえてきたのだ。まっすぐで曲がらない、強い信念──執念すら感じる心の声。しかしそれでいて熱の無い、無機質なもの。
その内容は──、
撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。
撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。
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撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。
──撃つ。
ただ、それだけだった。
そして、閉幕の銃声が鳴り響く。
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