第1章 発現

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 六月十日、土曜日、午後一時。  朱咲未散は昨夜の疲れのせいか、この時間まで一度も目が覚める事なく爆睡してしまっていた。  低血圧な彼女の寝起きは最悪の部類に入る。迂闊に喋りかければ何が起きるか分からない。 「あ! 起きましたか未散! おはよう……って時間じゃないですけどおはようございます! いやはや今日も天気が良くて絶好の引きこもり日和ですよ!」 「…………」  今この手に銃でもあれば死なない程度に鉛玉をぶち込んでやりたい、と未散は本気で思った。 「あれ、ノーリアクション? よくある吸血鬼ジョークなんですけど」  低血圧少女とは正反対にやたらとテンションが高い女、ミサキ。見た目は普通の人間にしか見えないが、彼女の正体は吸血鬼と呼ばれる存在である。 「なに、吸血鬼だから晴れの日は外に出れないってワケ?」 「ん、別にそんな事はありませんよ。苦手な人もいるみたいですが、基本的には『うおっまぶしっ』レヴェルです。日光に当たった途端に灰になるとかは漫画の中のお話です」 「ふーん」  興味無さげに相槌を打ちながら、首に巻かれている包帯をシュルシュルと外していく未散。 「ふうむ、意外ですね」 「なにが」 「いえ、昨日の様子を見る限りではまだ混乱していてもおかしくないと思ってたんですが、その心配は無さそうですね」 「まあ、過ぎた事を悔やんでも仕方ないし。それに、昨日は信じてなかったけど“コレ”を見て確信した。私の体に異変が起きてるって事はね」  そう言いながら未散が指差したのは自らの首元。解いた包帯には血の染みがあるものの、首自体には何の傷も無い。本来ならばミサキの噛みつきによって付けられた傷がある筈なのだが、全くの無傷の状態。痕すら残っていない。 「早くも自己再生能力が働いているようですね。吸血鬼の基本スペックです」 「自己再生能力、ねえ」  そう呟きながら未散はおもむろに左手の親指を口元に持っていく。  すると彼女はあろうことか指先を少し深めに噛んだのだ。ブツッという生々しい音と共に傷口から血が流れだす。 「げっ、アナタなにやってるんですか。口寄せの術でも使うんです?」 「クチヨセ……? よくわかんないけど、自己再生能力ってのがどの程度のものなのか知っておきたかっただけ」  淡々と言う未散。それに応えるかのように彼女の指先の傷は見る見るうちに塞がっていく。
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