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その日、少女の人生は終わった。
なんで、どうして、よりにもよって、この私が? そういった疑問を抱く暇すら彼女には与えられなかった。
「あークソ……最、悪」
掠れた声で少女は──朱咲未散は呪うように言葉を漏らす。
日も沈み、人通りがほとんど無い高架下で彼女は死んだように倒れていた。
(いや、もうこれ……死ぬっぽいな、私)
季節は夏に差し掛かろうとしているというのに、未散は毛布が恋しくなるほどの酷い寒気を感じていた。あるいは炬燵、もしくは電気ストーブ。ともかく振り払えないほどの悪寒が彼女の全身を侵食している。
(血を、流し過ぎたのかな……)
朦朧とする意識の中で未散は自分の死因を思考する。
もう既に痛覚すら鈍くなっているが、彼女の首元には刺し傷が付けられている。ナイフではなく、アイスピックのようなものによる傷。
ここから血が大量に流れ出たことによる失血死。結論はものの数秒で出た。
だがそれにしてはおかしい、と未散には次なる疑問が浮かんだ。
(なんか、少ない……?)
未散は自分の周りに流れている血が少なすぎることに気付いた。どう甘く見積もっても致死量ではない。ならば私の血はどこへ行ったのか? そもそもどうしてこんな事になったのか? 尽きない疑問に少女は辟易する。
(ああもう、死ぬ前だっていうのに色々考えさせないでよ)
と、ここでいよいよ寒気に続いて眠気が未散を襲い始める。
そろそろ限界か──と彼女は考えるのを諦めて迫りくる死に身を委ねようとしたが、最後の最後に視線の先にある小綺麗な箱に意識が向く。
以前から気になっていた駅前のケーキ屋で買ったチョコレートケーキ。恐らく倒れた時に落としてしまったのだろう。
(せめて、最期にアレを食べてから、死にたかった、な)
そんな願いも虚しく朱咲未散の意識は閉じていく。
──そこへ、彼女が焦がれたケーキが入った箱に手を伸ばす者が一人。がさごそと箱を開け、形の崩れたチョコレートケーキを素手で掴み、ぱくぱくぱくと三口で食べ終える。
「ふう……ごちそうさまでした。そして、ごめんなさい」
女の、声。
しかし、もう未散の耳には届いていない。
「アナタをそうしてしまった責任は、ちゃんと取ります。だから、死なないでくださいね」
そう言った女の口元には生クリームと、赤い血が付着していた。
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