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上月高校二年一組出席番号一番。
朱咲未散を指し示す肩書きの一つだが、目立つことを嫌う彼女にとってこの文字列は重くのしかかる呪いのようなものでしかなかった。
出席を取る時は一番最初に呼ばれるし、集会の際は一番前に並ばなければならない。
ア行の姓を持つ以上は避けて通れない道。もし、三年生になっても一組で一番だったらと考えるだけで軽く憂鬱な気分になる未散であった(卒業証書授与の際に一番最初に呼ばれる為)。
せめて三年では二番になりますように、と少女は心から願うばかり。そのためには自分よりも出席番号が若くなる同級生と同じクラスになる必要がある。
しかしその条件に該当する人物を未散は一人しか知らない。
「あれェ、未散じゃん。こんなところで会うなんてびっくり」
「ああ……うん、そうだね」
未散が駅前のケーキ屋に入った途端、店員よりも先に声をかけてきたのは青みがかった黒髪を後ろで纏めた少女だった。未散と同じ制服を着ていることから上月高校の生徒ということがわかる(胸元のボタンを開けたりカーディガンを腰に巻いていたりとかなりラフな着こなしだが)。
そう、彼女こそが未散よりも出席番号が若くなる“該当者”──蒼乃凪紗である。
「どしたどした? あ、もしかしてこないだあたしがオススメしたから来てみたとか?」
「まあ、そんなところ」
人懐っこく尋ねてくる凪沙に対して愛想の無い返事で応対する未散。
「そっかそっか~、ならオススメした甲斐があったってモンだね! んでんで、未散ちゃんは何を買いに来たのかね?」
「んー、チョコレートケーキかな」
「ほっほうそいつはまた。ここの王道は苺のショートケーキだけど、チョコってのもオツだね。うんうん、未散らしいんじゃない」
「私らしいって……」
それはチョコケーキを選んだ事に対してなのか、王道を行かなかった事に対してなのか。まあどちらでもいいし、どうでもいいかと未散は意識をケーキに向けた。
今の未散にとっては、中学時代からの付き合いである友人よりも目の前のスイーツの方が大事なのである。
ガラスの向こうの甘味達とにらめっこしつつ、少女は自分の財布と相談する。一人分とはいえ、あまり高いのは買えない。
「……よし」
意を決した未散はスミマセン、と店員を呼ぶ。
そして意中のケーキを指差して、
「これ、一つください」
と注文した。
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