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(あれ、でもちょっと待ってよ……)
凪沙の母親が再婚するというワードに妙な引っ掛かりを感じた未散は眉をひそめる。
普段ならとりあえずそれらしい反応をしてから頭の中にある“どうでもいい事”と書かれたゴミ箱に放り込むような話題だが、じわりと染み出した胸騒ぎがその処理を止めた。
(それってつまり──、)
凪沙以外の人間がその話をしていたなら、未散は華麗に右から左にスルーできた。でも、隣にいる同級生の口から出てきたからそれはできなかった。
そう、他でもない“蒼乃”姓を持つ彼女の母親が再婚するなんて話、無視できる筈がない。
(凪沙の名字が変わる、って事だよね)
ぐらり、と急な眩暈に襲われその場に倒れそうになった未散だが、なんとか持ちこたえた。それでも、もうこれ以上の歩行は困難なのではと真剣に思うほどのショックを彼女は受けていた。
(それじゃあもう、私が三年になって出席番号が二番になる可能性が完全にゼロになるって事じゃんか……!)
低い可能性だったが決してゼロではなかった希望。それが今、潰えた。
転校してしまおうか? 目立つから却下だ。
ならば転校生が来る可能性は? 宝くじを当てる方が簡単だろう。
せめて卒業するまで再婚は保留にしてくれと頼むか? 駄目だ、他人の家庭に首を突っ込むなんて普通じゃない。
一瞬で様々な考えが未散の脳内を駆け巡るが、少し気が動転しているのもあって最善策が出てこない。
「? 未散ー、どしたの?」
立ち止まっている友人に気付いた凪沙が心配そうに声をかける。
名前を呼ばれてハッと我に返った未散は俯いていた顔をゆっくりと上げる。
「──ううん、なんでもない」
そう言って微笑した彼女はどこか吹っ切れたような、雲一つ無い空のような、澄んだ水のような表情をしていた。
「ヘンなの。あ、あたし家こっちだから。じゃあまた月曜日ね」
「うん、また月曜日」
小走りで駆けていく凪沙を手を振りながら見送る未散。
そして振っていた手をだらんと下ろし、少女は気の抜けた炭酸のような声を漏らす。
「もうどうでもいいか」
朱咲未散は可能性が1%でもあれば諦めない少女だが、それがゼロだと悟った時の気持ちの切り替えは恐ろしく早い。
凪沙の名字が変わるならそれも仕方ない。
三年でも出席番号が一番ならそれでも構わない。
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