第2章 訪問

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鬼塚美咲(おにづかみさき)──それがワタシのフルネームです。あんまり教えたくないんですけどネ。この名字、あんまり好きじゃあないので」  ミサキは忌々しげに言う。  彼女は自分の名に愛着は持てども、姓に対してはそれを抱くことはできずにいた。せっかく美咲という綺麗で可愛げのある名前なのに、鬼塚だなんて厳つい名字のせいでぜんぶ台無しだからだ。  だからミサキは自己紹介をする際に意図的に下の名前しか名乗らないようにしている。相手から訊かれない限り、絶対に名字を教えることはない。 「……ふうん」  同じ──とまではいかないが、似ていると未散は思った。  そう、似ている部分を探す方が難しい未散とミサキであったが、自分の名字を良く思っていないという点において二人は似ていた。  しかし、だからといって親近感が湧くわけではない。フルネームを知ったところで、特に関係が進展するというわけでもない。 「あっそう」  ゆえに未散はいつものように、気だるそうにそう言った。 「フフ、アナタのその他人への無関心さ、今だけはありがたいです」  未散は気を使って言ったのではなく、本当にどうでもいいのだと分かっていても、ミサキにとってはただただ嬉しかった。誰にでも、触れてほしくない部分(コンプレックス)というものはあるものだ。 「さて! それじゃあ先へ進みましょうか」 「……」  先、と言われても。未散はそう言いたげな表情だった。  無理もない。エレベーターを降りたそこは廃墟のような空間だったからだ。左右そして奥に続く通路は先が見えないほど長く、この空間の広大さを物語っている。  しかし内部構造自体は役所もしくは警察所のようだった。そこいらに人(というか吸血鬼)がいて、机に座ってなにかしらの作業をしている。 「どうかしましたか?」  立ち止まっている未散に気付いたミサキは声をかける。 「……いや、なんでもない」  そう言って少女は一歩踏み出す。  なんだかもう大抵の事ではあまり驚かなくなってきている自分がいるな、と実感しつつ。 「そうですか? まあともあれ、アナタの訪問をワタシは歓迎しますヨ未散。ようこそ──“Vamps”へ」   六月十二日、月曜日。時刻は十七時四十分。  “準血種(セミ・ブラッド)”である朱咲未散が、初めて“Vamps”に足を踏み入れた瞬間である。
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