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私たちは太鼓橋のうえから、藤棚の藤を眺めた。今でも覚えている……あのときの佐藤さんの表情、少しだけ赤い頬。どこまでも優しくて、穏やかで……。今思うと、ほんとうに赤くなっていたのは、私のほうだったかもしれない。あのときの佐藤さんの微笑みは、私の顔を見て思わず笑ったのかもしれない。
「小さい頃、藤棚の下にもぐるのが好きだった」
佐藤さんは言った。
「藤棚の下って、見える景色が全然違うんだ。なんというか……藤の花に守られている感じかな」
「守られてる感じ、ですか」
「かくれんぼをするとき、俺はいつもあすこへ逃げ込んだ」
「守ってくれました?」
「はじめのうちはね。でも、そのうちいちばんに見つけられるようになった」
「ですよね」
「あの頃の俺は、友達にはただののんびりしているやつに見えていたのかもしれないけど、じつは相当、臆病だったんだ。もしかしたら、今もまだ、あすこにしゃがんでいるのかもしれない」
まるでもうひとりの自分が、今ながめている藤の下にいるかのように、佐藤さんは話した。
「『佐藤』って名前、『藤』を『佐』って書くんだ。だからほんとうは、俺は守られるんじゃなくて、守らなくちゃならない。……なんてのはこじつけだけどさ」
佐藤さんはこっちを向いて、少し照れくさそうな顔をして言った。
「藤さんのたすけに、少しでも……なれたらなって」
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