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「おはよう、花ちゃん」
「おはよう」
例の告白からひと月たった。あれからもいつも通りの中本くんの態度を多少有難く感じている。
ふと、中本くんの背中を見て驚いていた。
あれ、背中にシャツが張り付いていない。
今日は、そんなに暑くなかったっけ? 確かに8月も終わりだが、まだまだ残暑が厳しい。
中本くんが営業事務の弥生ちゃんに話かけている。こそこそとして弥生ちゃんに耳打ちする中本くん。
「中本さん、こそこそ弥生と付き合ってるらしいですよ」
麻耶ちゃんが聞いてもないのに教えてくれた。
「……へぇ、全然知らなかった」
「弥生が言ってました。入社した時から好きだったって告られたって」
掃除用具入れからホウキを取り出そうとして取り落としてしまう。拾い上げてから麻耶ちゃんへ渡した。
チリトリを手にして、ちらっと中本くんを見た。
背中にシャツを張り付かせていない中本くんが、笑顔の弥生ちゃんと話している。
「気がつかなかったな」
ポツリと呟くと麻耶ちゃんが笑った。
「だって、花さんは、いつも中本さんの汗ばんだワイシャツしか見てないですもんね。興味のない男の女に関する噂なんか知るわけないですよ」
朝の日差しを浴びて店の前をホウキではく麻耶ちゃんを目を細めて見た。
興味のもてない男。
確かに、今まで私は中本くんの汗ばんだワイシャツしか見ていなかった。
インナーを着た方がいいのにと、見るたびに思った。興味があるのは、濡れて張り付いたワイシャツだけだった。
余計なことを言うのは、よそう。
自分の彼氏でもないんだから、と。
「弥生も気になってたらしいですよ」
「え?」
「中本さんのワイシャツですよ。張り付いてるから、インナー着たらって、付き合ってから注意したみたいですよ」
「……へぇ」
「自分の彼氏には、少しでもカッコよくなってもらいたいですもんね?」
麻耶ちゃんが私をじっと見てくる。首をかしげると
「花さん、チリトリやって下さいよ」
ため息交じりに言われた。
「ごめん、ごめん」
窓を拭く中本くんのワイシャツに視線を向ける。
透けてなくて、体に張り付いてもなかった。
クーラーの機械音が私には重く息苦しく聞こえていた。
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