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手羽先
★
初めて会ったばかりの男と近くにある手羽先唐揚の美味しい鶏肉料理専門店に来ていた。
「なんか変な気分だな」
姿勢を正して座っている男が、おしぼりで手を拭きながら照れたように笑う。
和風モダンで落ち着いた雰囲気の店内には、ジャズが流れていた。
「変……ですか?」
向かい合って座る男の表情をじっと窺う。
「えぇ、初めて会った女性と食事するなんてことは、お見合いか仕事関係でしかなかったので」
私もだ。
初めて会った男と二人きりで食事をする。
今までの私なら考えられない出来事だ。
「お見合いしたこと、おありなんですか?」
「えぇ、何度か」
「失礼ですけど、お幾つ?」
「歳ですか?」
男にまっすぐに見られて、私は慌てて手を振った。
「ごめんなさい。言いたくないならいいんです。詮索しすぎました」
「いえ、構いません。まだ、名前も聞いて無いのに歳から言うのも妙かなぁと」
額の辺りを指先でかく男。
「妙ですか? ですよね、すみません」
頭を下げてテーブルに視線を落とした。
「謝らないでいいんです。岡田 翔平です。歳は35。改めて、よろしくお願いします」
名前を聞けたことで少しホッとしていた。見知らぬ誰かだった男が知り合いの男になった気がした。
岡田さんは、私に向かって手を差し出してくる。
「はい、よろしくお願いします……」
戸惑いの方が大きくなっていた。岡田さんの手に自分の手を合わせる。握手してみると岡田さんの手の方がやはり大きいのを感じた。
ゆるく握られたことで、岡田さんが強引な男でないような気がした。サラっとした感触、爪はキチンと切りそろえてあった。
店員さんが、グラスビール2つを運んできたのを合図に握手をしていた手を離した。
テーブルに置かれたグラスを持ち上げると岡田さんが提案してくれた。
「乾杯しましょうか」
「はい」
グラスを軽く合わせ、ひとくち飲んだ後でやっと胸を撫で下ろした。
お見合いもしたことの無い私には、よく知らない男と2人きりで食事をするのは極めて貴重な経験だ。
「誘ってしまって迷惑じゃなかったですか?」
「そんなことは……無いです」
本音を言うと、まだ少し抵抗があった。
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