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遼子は私の左手を強い力でがしっと右手で掴み、彼女の左胸に押しつけた。
「感謝しなさい、これが世界一美しい女の胸よ、まだ心臓は動いているわ、でも肺は駄目、アタシ死ぬんだから、この感触を覚えていて!忘れないで!それで一生寂しい独り身のオカズにでもしたらいいわ」
この後に及んでなんて下品なことを。
まあするけど。
そんなことを考えていたらなんと遼子は泣いていた。
泣いていたんだ。
「もういい?覚えた?」
泣きながら声だけは強気。私は頷いた。
「明日も来る?」
私はもう一度頷いた。
「それ以上を期待しても駄目よ、アタシは世界一美しい女なんだから、このアタシはそのへんの安い女とは違うの。」
「それ以上は君が退院してプロポーズして結婚してからちゃんとする」
私は断言した。
「残念だけどその可能性はないわ」
私はその可能性がないことを知っていた
「俺は信じている、お前が早く良くなって俺と幸せに暮らす日が来ることを」
「初めて男らしいこと言ってのけたわね、悲しい嘘ね、叶いっこないのに、アタシは元気になったら他の男に走るわよ」
「それでも俺は最後に側に居られればそれでいい、それを承知で大阪に来たんだ」
「好きにしなさい」
私もそれ以上は言わなかった。
今度こそ病室を出て行こうとした時遼子は言った
「日当山」
「は?」
「日当山の嘉例川駅の近くにアタシが入る墓があるわ」
「今の聞こえなかったよ」
私は優しい嘘をついた。
それから8ヶ月ほど経って私は片手でも持てるくらい小さくなった遼子を母校だった加治木高等学校に連れていき、霧島市隼人町日当山の嘉例川墓所へ納めた。
誰独り訪れそうもないような寒村の遼子の墓
墓の収納石を力一杯押し入れて一息ついて蹲踞の後
「俺と結婚してください」
私は6回目にプロポーズをした。
私はついに遼子の最期の男になったのである。
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