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「そ、そうなんですが…」
「私は駿くんと会って間もないし、あなたのことはよく知らないけど、無理強いするつもりもないし嫌なら書かなくてもいいと思う。けどそれは本当に書けない理由があらならの場合。」
「本当のことを話して。書けない理由はなに?」
きっと、千夏さんはこの時にもすでに、俺の中の秘密を感じてたんだ。
あれは、小学2年生の頃ぐらいか、似たようなことがあったな。
小さい俺は、誤魔化そうとする大人に同じことを聞いた。
「本当のことを話してください。」
その大人は、ばつが悪そうな顔をして、
「君にはよく理解できないかもしれないけど、よく聞いてね?」
周りには父さんと母さんとまだ生まれたばかりの妹と
俺を囲むように立ってたっけな。
話していいのだろうか、あの時大人に言われた事を。
ずっと止めてきたんだ。喉から出そうになる言葉を必死に。
俺は多分まだ弱い。認めたくないんだ。俺が俺であることを。
「本当に話していいんですか?」
「いいよ、話して?」
ごめんなさい。神さま。昔の約束守れそうにもないです。
この人にはなぜか嘘を言いたくないんです。
「俺、」
「うん。」
あの時あの大人に言われたことをそのまま口に出す。
「心臓病で、あと数年も生きれるかわからないんです。この先短いなら、せめて家族のためにいい企業に入って少しでも楽にさせたい、俺なりの親孝行のつもりなんです。」
「小説を書けないのは、書いても続けれないから?」
「それは違います。形に残したくなかったんです。だから友達にも家族以外の人にもずっと黙ってました。俺が何かを形に残して、その形を見たときに悲しんで欲しくないんです。」
話してるうちに涙が溢れ出してくる。
「そっか、ずっと頑張ってたんだね。」
そう言って俺の頭を千夏さんは優しく撫でてくれた。
「私は悲しまないよ?あなたがもし作家デビューして形を残して死んでいっても悲しまない。むしろ、必死に生きたあなたを、その友達になれた私を誇りに思う。」
なんなんだよあんた。普通そんなこと言えないよ。
欲しかった手は、会って間もない人の手だった。
「書こっか小説。私があなたをサポートする。」
泣きじゃくる俺を連れて店を出た千夏さんはそう言ってくれた。
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