第1章 本屋

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夏の匂い。どこか懐かしくけれどすぐに暑さを連想させる匂い。 クーラーで冷えている教室でもその匂いは暑さを連れてくる。 黒板に消えていくチョークの音と、上階で奏でる軽音楽は どうも俺の耳には相性がいいみたいだ。すぐ眠ってしまう。 多人数講習なんて名ばかりの、わずか数人の勉強会。 先生を含めた6人は、ただひたすらに数字を踊らせ、英語を走らせ、漢字を捕まえる。 そんなことを繰り返していて、学力が上がるかは誰にもわからないが、泥水を飲んででも大学受験に勝たないといけない俺たちは、それしかできなかった。 朝から始まるこの勉強会、いや、講習か。 講習は昼過ぎに終わるのだが、俺はみんなと同じ帰路にはつかない。 家の涼しさよりも俺は優先して欲しいものがある。 自転車に乗り、急勾配な坂を一気に下る。 ドS坂と呼ばれ、一年を通してこの学校に通う生徒を苦しめる坂すらも帰り道は敵ではない。 登校時は地獄だが。 いつか学校側に、なぜこんな立地に校舎を建てたのかきいてやろう、なんて考えながらスピードを上げて ほんの10分で本屋につく。 これがこの夏の固定されたシナリオ。 ほぼ毎日こうしている。 が、今日はそのシナリオに色がついた。 商店街の抜け道にある本屋はお世辞にも綺麗とは言えないお店。これが僕の欲しいもの。 涼しさを捨てて得るのは、この本屋に入ることだ。 いつも通り、店に入って気になってた本を手に取り、中を見る。 立ち読みではなく、買う前の確認だ。本当にこれは俺の欲しい小説か?物語は次第にあがっていくか?作者の感情は入っているか? そんなところを探しながら、お気に入りになれば買う。 平日のお昼にこんなとこ立ち寄る人間なんてそうそういない。きっと俺ぐらいだ。それは店の中を見ればわかる。 歴史書物のコーナーを無視して、小説があるコーナーに向かう。 一昨日出た新刊を探して、ようやく見つけた。 店の規模が小さすぎて、新刊ですら棚差しになってしまう。せめて、平台に置いて欲しいものだ。 残り一冊になってたそれを手に取ろうとしたとき、俺は驚いた。ヒェッと声を出していたかもしれない。 反対側から人が現れたのだ。常連とも言える俺ですら久々に見た他のお客さん。 ロングヘアで小柄な女性は、俺の指の先にある本を見て泣き出しそうになっていた。
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