おじさんと美女の話。

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いるだけ、 はっきり言ってただの良いカモ。 しかもなんども会う約束をふいにしても気づかない優良物件。 「……ラブラブですね」 指摘はしなかった。 その女はサクラですよ、そうわかりやすく一言言うだけなのに、言えなかった。 身よりもない、先も長くないかもしれない。 そんな不安な彼を支えているのは方向音痴な、多分保育士じゃない彼女。 真実を告げて何になるのだろうか。 今二人は幸せなのだ。 金が手に入る女と、安らぎとときめきを受け取る男。 なにか悪いことがあるだろうか。 おじさんだって分かっているのかもしれない。 若い女の浅知恵に、気づいているのかもしれない。 だけど、今までの優しい言葉を嘘にしたくはない、終わらせたくないと思って気付かないふりをしているのかもしれない。 でも、誰かに指摘されたなら。 それは騙されているんですよと指摘されたのなら。 そう思って食堂で優しいカノジョと年の頃が同じ私に声を掛けたのだとしたら。 おじさんの本心がどうなのかわからない私は、やっぱり言いたかったことを胃まで押し込めて「会えるといいですね」と笑みを向けることしか出来なかった。 それから何度もおじさんを見かけた。 あれから間もなく手術を受け退院した私は何度目かの通院の日、 車椅子に乗って水色のユニフォームを来た看護助手さんに押してもらいローソンのLoppiを操作しているあのおじさんを見かけた。 顔色は悪く痩せこけていた。 けれど高そうな腕時計とポケットのたくさんあるベストを着たあのおじさんを見間違えはしない。 まだあのおじさんは出合い系のポイントを買って彼女とメールをしているのだろう。 幸せなのだろうか。 もし私が指摘していたなら、おじさんはどうしていただろう。 私の言うことを信じるのだろうか。 ポイント目的なのかと問われた自称保育士の女はきっと「そんなわけない」と上手くあしらうのだろう。 出合い系にはただ単に遊び相手、暇つぶし相手を求める者もいれば、 ただひたすら体の関係を求める者、逆にほかのサイトへ誘導しようという者様々な魑魅魍魎共が跋扈している。 私が現実世界でエンカウントした愛を求めたおじさんは、どうなったのだろう。 彼女は一度くらいガンに侵された恋人に会ってあげたり……しないか。 あれから退院し、通院をしてはまた入院し、それを何度か繰り返したが、 彼の姿はもうパタリと見なくなった。
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