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長方形の家具調炬燵がテレビの前に据えられ、西側には寝室に使っているという日本間の引き戸が見える。東はオープンキッチンだった。キッチン前のテーブルや椅子は片づけられ、すっきりしていた。
宮竹が日本間を開けようとすると、美妃が引きとめる。
諒次が休憩を告げた。
「日本間に死体があるって状況をもっと信じて」
諒次が美妃にアドバイスする。
「じゃなきゃ、適切なアクションはできない。死体セットしてるから休憩中に見とけ」
「マネキンだろ」
宮竹が言うと、諒次は露骨に嫌そうな顔をした。丸めた脚本で宮竹を指した。
「宮竹。何度も言うけどあれは死体だ」
はいはいと宮竹がうなずき、美妃と二人で日本間に入っていく。諒次が脚本で肩を叩きながら振り向き、完に目を向けた。
「ニュースがあるんだ」諒次が言った。「健太郎が遅刻した」
「またですか」
手帳を取り出し、出欠のページを開く。健太郎の遅刻を記した。これで連続六回目だった。
「馬見塚(まみづか)さんは」
「仕事だってよ。どいつもこいつも」
諒次は頭を乱暴にかきむしった。やがて手を止めると、完をしげしげと見つめた。
「今日はスーツなんだな。よく似合ってる」
「挨拶回りをする予定なので」
「そうか」
「玄関の鍵、開いてましたよ」
「開けてたんだよ。そろそろ完さんが来るころだと思ってね。ヘルメットは」
「持ってきました」
ヘルメットと電池、ペグシルを炬燵の上に置く。豊子にサポートを頼む案は後回しにした。機嫌の悪い諒次が喜びそうな話題ではない。さらにいくつかの確認をすませ、部屋を出た。
いつのものことながら、隣の部屋に向かう途中で気分が重くなる。初対面の相手と話すのはいつでも憂鬱な作業だ。キャラバンは前に進むのが仕事、と口の中でつぶやいてから、チャイムを押した。
左隣の部屋に住んでいる男は完の説明を遮り、うるさくないんだろうなと三回も念を押した。紙袋とチケットを渡したが、チケットだけ突っ返された。明日の午後はバイトだという。だったら騒音は気にしなくてもいいはずではと尋ねる前にドアを閉められた。
右隣の部屋では、ふくよかな女性に、根ほり葉ほり尋ねられた。昔、演劇をやっていたのだという。チケットを渡そうとすると、困ったように眉をよせた。
「行きたいんだけどねえ」ため息をついた。「こんな目と鼻の先で芝居があるんだから」
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