28人が本棚に入れています
本棚に追加
「じゃあ美妃ちゃんの疑問はぼくから諒次さんに聞いておくよ。約束する。ただね、できたら公演が終わるまで、待っててもらえないだろうか」
「約束できます?」
「もちろん。なあ、そろそろ帰らないか。諒次も心配してる。あれで、あいつは優しいんだ」
「優しいのは倉石さんです」
「そんなことはないよ」
中身は真っ黒なんだよ、と心の中でつぶやいた。
「行こう。寒くてたまらない」
戻る途中で、二件の用事をすませた。
どちらもキャンセルのメールだった。急に公演会場が変更したことを詫び、次回は優先的に席を取っておくと返信をすると、二件ともすぐに返事が来た。内容を確認する。一件目はインフルエンザなら仕方ないと慰めの言葉が書いてあった。ほっとして次のメールを開く。次回を楽しみにしているという長文のメールだった。好きな俳優は宮竹で、彼が出ているならいつまでも中庭を追いかけると書いてある。
急に肩が軽くなった気がした。部屋に戻ると、三時十五分を過ぎていた。
健太郎と馬見塚が来ていた。健太郎は両手に薄いビニールの手袋をつけ、青いパーカーのフードを被っている。二十二歳で、自動車の部品工場で働いている。間延びした顔をした馬見塚は、最年長の四十三歳で、公立高校の国語教師だ。二人は炬燵に入ってテレビを見ていた。これで犯人役と探偵役がそろったが、諒次と宮竹がいなかった。質問すると、馬見塚が諒次は部屋だと答えた。
「籠っちゃってね。竹さんはあっち」日本間を示した。「中で寝てる。諒次さんが出てきたら教えてくれって」
「健太郎が遅刻したから諒次さんは部屋へ?」
「違いますよ。おれが来たときも部屋に籠ってて、で、二時半くらいだったかな、出てきて。日本間に入ってしばらくしたらマネキン持って飛び出して――」
「死体」
馬見塚が訂正した。
「死体だぞ、健太郎くん」
「――はい。それで死体を持って、また部屋に行っちゃったんです」
「なんだそりゃ」
「おれにもわからないですよ」
「しょうがないな」
完はリビングを出て、諒次の部屋に向かった。ドアをノックしたが返事はない。眠っているのかもしれなかった。公演前は誰もが睡眠不足になる。邪魔しないほうがいいだろうと判断しリビングに戻った。
まだ挨拶回りの仕事が残っているが、温かい部屋にいると戸外に出る気が失せた。やることは他にもある。
最初のコメントを投稿しよう!