月は誰でも照らしてくれる

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「別に。さっきまでは違ってたさ。ただなんとなく」 「そっ」 それが僕たちの初めての会話だった。大きな光がタンクから降りてくる彼女を照らす。 「わたし、トン子って言うの」 「本当の名前?」 「違うよ」 「だろうね。僕はね」 「君でしょ?」 「名前、的な感じじゃなくていいの?」 「うん。めんどくさい」 それからも月が出ていれば、僕たちはここで夜を見上げた。トン子はティーンズ向けの女性雑誌を敷いて僕の隣に座るようになった。なんでも月の出ない夜は彼氏と会っていると、彼女は言った。 「それって、結構不規則じゃない?」 「不規則だし、不特定多数だし、不健康だし」 「トン子ちゃんって、おもしろいね」 「トン子。呼び捨てでいいよ、君」 今夜の少し欠けた月は、きっと今の僕たちには満月より明るく頼もしく感じてしまったのかもしれない。なんだかいろいろ話してしまったのだから。 「要するに、お互い片親で一人っ子ってことだね」 「君は、おかえりなさいって言われなくてもいいの? 寂しくないの?」 「慣れてる。トン子は? 行ってらっしゃいがなくてもいいの? 寂しくないの?」 「‥‥そうだね」 トン子はいつだって僕なんか見ない。愛しい人を眺めるように月を見上げている。 「もうすぐ夏が来るね」     
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