5人が本棚に入れています
本棚に追加
ジオは市場に入るとまず、革でできた黒染めの髪結い紐を三本と、壁掛けの鏡を一枚買った。それから、調剤用の小さな鍋を二つと、匙を二本。清潔で大きな布を一枚。
それらを集めてから、市場の一番端の店に、重たい米と塩を買いに向かった。
「おや、先生。いらっしゃい」
「おはようございます。今日は米と、塩が欲しいんですが」
必需品を買いに度々訪れるこの店では、ジオの顔を見ると店主がこうして声を掛けてくれる。ジオと話をしてくれる、数少ない町の人間だった。
この店の店主は誰とでもよく話し、ジオに対しても変わらずに接してくれる。けれども、店を訪れると彼の妻が娘を連れてさりげなく店の中に下がるのを、ジオは知っていた。
今日は店頭に店主だけが立っていて、妻や娘の姿はなかった。
「米と塩だね。米は、今日も同じだけの量で良いのかい?」
「はい、お願いします。……ああ、そうだ。もし良かったらこれを」
ジオは籠から小さな包みを出して、それを店主に差し出した。
「何だい? これ」
「蜂蜜です。たくさん採れたので、良かったら召し上がってください」
「有難いね。娘が喜ぶよ」
店主は笑顔で包みを受け取ってくれた。
薬を作るために蜂蜜を使うことがあるが、町で買うと案外高価だ。ジオは森に移ってから蜂を飼い始め、今ではある程度安定した量を自分で確保することができていた。
この店の店主には何かと世話になっているので、ちょっとしたお礼にと持ってきたのだが、喜んでもらえたようで安心した。
「ほら、米と塩だ」
店主が用意してくれた包みを受け取ると、いつもより少し、それが重たい気がした。
「……いつもより、量が多くないですか?」
「ああ、蜂蜜の礼だ。代金はいつも通りで良いからよ」
にかっと笑う店主に負けて、ジオは礼を言っていつも通りの代金を支払うと、その場を後にした。
町に来る時よりも重たくなった籠を背負って、ジオは家までの道を今度は歩いて帰った。
最初のコメントを投稿しよう!