ジオの日常

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 ジオは市場に入るとまず、革でできた黒染めの髪結い紐を三本と、壁掛けの鏡を一枚買った。それから、調剤用の小さな鍋を二つと、匙を二本。清潔で大きな布を一枚。  それらを集めてから、市場の一番端の店に、重たい米と塩を買いに向かった。  「おや、先生。いらっしゃい」 「おはようございます。今日は米と、塩が欲しいんですが」  必需品を買いに度々訪れるこの店では、ジオの顔を見ると店主がこうして声を掛けてくれる。ジオと話をしてくれる、数少ない町の人間だった。  この店の店主は誰とでもよく話し、ジオに対しても変わらずに接してくれる。けれども、店を訪れると彼の妻が娘を連れてさりげなく店の中に下がるのを、ジオは知っていた。  今日は店頭に店主だけが立っていて、妻や娘の姿はなかった。  「米と塩だね。米は、今日も同じだけの量で良いのかい?」 「はい、お願いします。……ああ、そうだ。もし良かったらこれを」  ジオは籠から小さな包みを出して、それを店主に差し出した。  「何だい? これ」 「蜂蜜です。たくさん採れたので、良かったら召し上がってください」 「有難いね。娘が喜ぶよ」  店主は笑顔で包みを受け取ってくれた。  薬を作るために蜂蜜を使うことがあるが、町で買うと案外高価だ。ジオは森に移ってから蜂を飼い始め、今ではある程度安定した量を自分で確保することができていた。  この店の店主には何かと世話になっているので、ちょっとしたお礼にと持ってきたのだが、喜んでもらえたようで安心した。  「ほら、米と塩だ」  店主が用意してくれた包みを受け取ると、いつもより少し、それが重たい気がした。  「……いつもより、量が多くないですか?」 「ああ、蜂蜜の礼だ。代金はいつも通りで良いからよ」  にかっと笑う店主に負けて、ジオは礼を言っていつも通りの代金を支払うと、その場を後にした。  町に来る時よりも重たくなった籠を背負って、ジオは家までの道を今度は歩いて帰った。  
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