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そんな母を哀れに思ってか、買い物を断られたことは今までに一度もなかった。心無い暴言を吐かれることがあっても、対価さえ支払えば必要なものは手に入った。そして、母はどんなに暴言を吐かれても、言い返すことは一度もしなかった。
母は町に出るとき、必要なものを買いそろえて、最後に必ず薬屋に立ち寄った。
母はかつてその薬屋に住んでいて、薬屋の店主は母の姉、つまり少年の伯母にあたった。
二人の生活のための収入は、森で摘んだ薬草をその薬屋に卸すことで得られるものだった。時々は果物や茸を持って、それも伯母に買い取ってもらった。
自分に対しても母に対しても冷たい視線を寄こす伯母が、少年は苦手だった。
伯母は二人が来ると事務的に薬草の確認をして、相応の対価を支払い、一言二言、母と言葉を交わす。母はいつも楽しそうだったが、少年はいつも、ひたすら母の後ろに隠れていた。
母は事あるごとに、薬屋の店主は母さんの姉さんだから、何かあったら彼女を頼りなさい、と少年に教えていた。
でも怖い、と少年が言えば、母は笑って、怖くないよ、絶対に助けてくれるから、と少年に言い聞かせた。
そんな風に町に出るとき以外は、少年は母と二人、森の中で穏やかに暮らしていた。
穏やかで幸せな日常が、これからも続いていくのだと、少年は信じて疑わなかった。
けれども、その幸せは長くは続かなかった。
ある月のない夜、少年の家は焼かれた。
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