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その後のことを、少年はよく覚えていない。
気付いた時には、少年は町の薬屋にいた。
パンっ、という音と、遅れてきた頬の痛みが、少年を現実に引き戻した。
目の前には伯母の顔があった。母とよく似た、少し暗い空色の瞳が、涙の膜で揺らいで見えた。
「しっかりしなさい」
伯母は少年に言った。
「あなたの母さんは……もう居ない。これからは、あんたは母さん無しで生きていかなくちゃならないんだよ」
少年は一瞬、意味が分からずに呆けた顔をしたが、伯母の目からいよいよ涙が零れ落ちると、一気に現実が押し寄せてくるのが分かった。
母は、あの燃える家の中で死んでしまったのだ。
体温がスゥっと下がるのを感じた。それとは逆に、瞳からは熱い滴がいくつもいくつも零れ落ちた。
少年は耐えきれず、声を上げて泣いた。その声が嗄れて掠れた吐息しか出なくなっても、涙は止まることがなかった。
いつも涙を止めてくれた母はもう居ないのだと思うと、涙はあとからあとから湧いて出た。
伯母は少年を思い切り泣かせてくれた。やがて、泣き続ける少年にこう言った。
「……明日からは、もう泣くんじゃないよ」
ひどく弱々しい声だが、伯母ははっきりと少年に伝えてくれた。
「最低限のことは、私が教えてあげよう。一人で生きていくには、この世界はお前に優しくないから。強くなりなさい」
その日、少年の世界から温かな優しさは消え去った。
優しさにくるまれていたあの家の外で、母の居ない世界で、少年は生きるために、生きていかねばならなかった。
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