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*一* 婚約破棄
◆ ◆
わたしの手のひらに、一通の封筒がひらりと置かれた。宛先はルベル・ロセウス──わたしの名前──で、封筒を裏返すと、差出人の名が書かれていて……。
「カニス・オース……?」
ってだれだっけ? とわたしが思っても、だれも責めないはず。
だって、見慣れない……いえ、初めて見る名前で、だけど、わたしの記憶の奥底を刺激するもので……。
わたしは自室に向かいながら、一生懸命に記憶を探る。
カニス……カニス……オース?
オース家といえば、わたしの故郷の町の中心地に、大きな屋敷を構える家で……。
「あっ」
とそこで、わたしはようやく、カニスがだれだったか、思い出した。
そうだ、わたしの婚約者……だ。
そう、幼い頃に取り決められていた、たった一度しか顔を合わせたことがない、名前だけの婚約者。顔も声も思い出せないほど、うっすらとした記憶しかない相手だ。
思い出した自分を褒めてあげたいくらい、記憶の奥底に沈んでいたものだった。
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