1751人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
*******
午前二時。
一砥はさきほどのガールズバーに戻り、店の裏口から目当ての人物が出て来るのを待っていた。
世間知らずの二代目アパレル社長は、適当に飲ませて勝手に喋らせて、二時間前にタクシーに押し込んで帰らせた。
そんなことより彼は、どうしても確かめておきたかった。
(俺の見間違いでなければ、あの子は……)
本当なら疲れきった体を、さっさと自宅のベッドに横たえて休みたいのが本音だが、もし自分の勘違いでないのなら、今日の“これ”は看過出来ない問題だ。
店の営業時間は午前二時までとなっていたが、後片づけなどがあればもう少し遅くなるかもしれないな……と彼が考えた矢先、“彼女”が店から出て来た。
すでにバーテンダーの制服から地味な私服に着替え、化粧も落としている。
そうしているのを見ると、やはりあれは人違いではなかった、と一砥は確信を持って相手に近づいた。
「おい」
いきなり後ろから声を掛けられて、花衣はびっくりして振り向いた。
そして相手の顔を見とめ、「雨宮さん……」と呟く。
「なぜ君が、あんな店で働いているんだ」
挨拶もなく問われて、花衣は「えっ……」と声を途切れさせた。
「叔母さん達は知っているのか。姪があんな風営法違反の店で水商売やってることを」
「…………」
無言の花衣に、一砥は厳しい声で問うた。
「どうなんだ。あのバイトを、叔母さん夫婦は知っているのか」
「それは……」
花衣が顔をうつむかせたのと、店から別の店員が出て来るのは同時だった。
「あれ、花衣ちゃん?」
声を掛けられ、花衣はハッとして一砥の腕を掴み、「ここじゃ話せません」と真剣な表情で告げた。
仕方なく一砥は、すぐ近くに停まったタクシーを掴まえた。
「お疲れ様でした」
花衣は声を掛けて来たスタッフに笑顔で挨拶し、一砥が乗り込んだタクシーに自分も急いで乗った。
「出して下さい」
花衣が急かすように言った。
少し考えた後で、一砥は自宅住所を運転手に告げた。
>>>第二話に続く
最初のコメントを投稿しよう!