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私の後ろを着いてきたはずの気配が、ふと消えた。慌てて振り返ると、友人は立ち止まったまま私をじっと見つめている。
「……あんた、半年以上経つのにまだそんな状況なの?」
「何か酷い言われようなんだけど」
「いやいやいや、そういうことじゃなくてさ」
友人は苦笑いしながら、私の方へと足早に近づいてきた。周囲を気にしながら、そっと私の耳元に囁きかけてくる。
「相手は有名人なんでしょ? あれだけしょっちゅう顔合わせてて、何の感情も湧かなかったっていうの?」
「……湧きようがない」
私は友人を人気の少ない棚の陰へと引っ張っていった。そこで……かなり手短にではあったけど、私と彼の奇妙な関係を初めて彼女に明かした。……私と彼は、話をお金でやり取りしていただけなんだ、と。
友人はしばらく何も言わずに、私の顔をじっと見つめていたが、やがて呆れたように口を開いた。
「……道理で、彼の本のこと何も知らないわけだわ」
「だって、本に興味を持つとか持たない以前の問題だったし……」
「最近まで相手の年齢すら知らないままだったって、あんたねぇ」
「向こうが何も話さないから、聞きようが、なくて……」
友人の視線に、私の声はどんどん小さくなっていった。……まあ、これがおそらく普通の人の反応なんだろう。黙ってこの歪な関係を受け入れていた私の方が、むしろどこかおかしかったんだと、今なら分かる。
友人が小さくため息をついた。
「そんなおかしな関係を止められなかったってことは、さ」
「……はい」
「結局のところ、お互いに嫌いじゃないってことだと私は思うんだけどね?」
「そう……なのかな」
今は、何だか自分の感情に自信が持てない。これまでは、ほんの少しでも相手のことが気になったら、それが全てだと信じられた。何も考えずに、相手の胸に飛び込んでいった。
……だけど、彼は薄闇の中で「これが自分の防衛線なんだ」と、封筒を手にして寂しげに笑っていた。
「……彼には、近づけない。だから、何でもいいから彼のことが分かったら……少しでも彼に近づけるのかな、って」
「そういうのを、『好き』って言わない?」
「……分かんない」
「まあ、あんたのこれまでの恋愛見てたら、そうなっちゃうのも分からなくもないけどね。でも、あんたの口からそんな言葉が出るなんてねぇ」
友人は心から嬉しそうに微笑んでいた。
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