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会計を済ませた私の手には、ずっしりと重い紙袋が下げられていた。とりあえず、彼のデビュー作の長編と『宝石シリーズ』を全巻。一度にこんなにたくさんの本を買ったのは、生まれて初めてかもしれない。
「長編は平日に読まない方がいい、だって」
「何それ」
「レビューにそう書いてあったんだってば。長いんだけど、一度読み始めたら途中で止められなくなるらしいよ」
「……そんなに面白いんだ」
スマホの画面を指さしながら、友人が少し興奮したように言った。友人の手にも、本屋のロゴが入った紙袋が抱えられている……自分も彼の本が読んでみたいと言い出した友人に、ならばとその場でプレゼントしたものだ。
「でも、いいの? 私の分まで買ってもらっちゃって。……本って結構高いしさ、やっぱり自分の分は払うよ」
「いいよ、こうすれば少しはあの人のところに戻せるかと思って」
私は手にした封筒をひらりと振ってみせた……水族館の帰りに彼から受け取ったものだ。
今まで彼から受け取った封筒は、全て手つかずのままで私のバッグの底に眠らせていた。受け取ったのはいいものの、結局この奇妙な『対価』をどうしたらいいのか分からなかったからだ。このお金を、自分のために使う気には到底なれない。でも、こういう形でなら……何となく罪悪感が軽くなるような、そんな気がした。
「さて、じゃあ今日はこれを肴に飲みますか!」
「女二人がお酒を飲みながら黙って本をめくってるって、なかなか異様な光景だと思うんだけど……」
「それなら、一緒に推理しながら飲むとか」
「……酔っ払った頭で推理するのは、さすがにちょっとキツくない?」
「それぐらい頭柔らかくして読んだ方が、逆にいいかもよ」
えらく上機嫌な友人に苦笑いした私のバッグの中で、何かが震えた。メッセージアプリの着信を知らせる通知音だ。隣にいる友人からメッセージが届くはずはない、だとしたら。
慌ててバッグからスマホを取り出した私は、画面を見つめたまま固まった。……久しぶりに見る名前と、いつもと変わらないたった一言だけのメッセージ。
何も言わなくなった私を見て、友人は笑いながらひらひらと手を振った。
「久しぶりなんでしょ? いいから早く行きなさいよ」
「……相手が誰か、まだ言ってませんが」
「その顔を見れば、わざわざ聞かなくても分かる。……本だけじゃ、全ては分からないでしょ」
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