16人が本棚に入れています
本棚に追加
「んで、コンテスト出したら、運よくそれが大賞取って。家族も友達も、自分のことみたいにすごく喜んでくれた」
「そっか、じゃあ頑張った甲斐はあったんだ」
「まあ、ね。でも、余計なオマケまでついてきてさ……どこで聞いたのか知らないけど、『やり直して』って連絡よこしてきた」
あえて『誰が』とは言わなかったが、そんなもの簡単に想像がつく。どうして彼がそこを濁すのかは分からない……でも、今はそうしてくれた方が気が楽だ。少なくとも、胸の奥に重たく広がり始めたどうしようもない『モヤモヤ』を、彼に気づかれずに済む。
「あー、それは……」
「分かりやすいだろ? 俺の書いたものなんて、今まで見向きもしなかったのにさ。ろくに読みもしないで、ベタ褒めして。アホかと」
「はあ……」
「で、俺のことあちこち広めないでくれ、って周りに頼んだ。まあ、知ってる人に読まれるのが恥ずかしかったってのもあるけど……だから、今も俺が小説書いてるの知らない奴、結構いるよ」
彼の言葉に全く棘はなかった……それでも、私の心はさっきからチリチリと痛み始めている。今まで全然興味もなかった彼の本を、突然読もうと思った私。彼が賞を取った途端に、手の平を返した過去の『誰か』。そんな二人のどこに差があるというのか。
「小説家になったらなったで、また似たようなこといっぱいあってさ。人って、そんなもんだよなぁと。飽き飽きしてさ」
「……君、モテてたんじゃん」
「小説書いてる方は、ね。俺にはもうずっと彼女いないよ」
「どっちの君も君じゃないの?」
前にもそう聞いた気がする……イルカショーの観覧席で。あの時は、何だか他人事のような気の抜けた返事しか返ってこなかった。
暗がりの中から、彼の言葉が飛んでくる。
「……割り切るようにした。小説書いてる『中村ショータ』は別物なんだって。だから何となく、『中村ショータ』ってのは俺であって俺じゃないって感じ」
「何で、そんなこと?」
「……書けなくなった。俺って一体何? って不貞腐れてたらさ。何も思いつかなくなった。……まあ、ただ単に俺がどうしようもなくガキだったってだけなんだけど」
ふふっと小さな彼の笑い声が聞こえてきた……でも、決して楽しそうには聞こえない。でも、このいつもより密度の濃い闇の中では、彼がどんな顔で笑っているのかすら見えない。私はどうにも落ち着かなかった。
最初のコメントを投稿しよう!