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今でこそ笑って話しているが、その頃の彼はまだ、小説家になったばかりの二十歳そこそこの青年だ。そんな彼にとって、「書けなくなった」ということがどれほど重かったのかは、創作とは縁のない私にも何となく想像できた。
「『宝石シリーズ』ってさ、その頃に書き始めたやつ」
「……書けなくなってたのに、書いたの?」
「仕事だから。駆け出しの若造ごときが、書けないから書きません! ってわけにはいかないだろ」
「まあ、そうだけど……」
「この短編書き上げたら、筆折ろうって。そう思って書いてた。完成したら、今度はまた次の短編書いたら、筆折ろうって。……それ繰り返してたら、本が一冊できた」
仕事だからと言うけど、実際はきっとそんな簡単なものじゃなかったはずだ。「書けなくなった」という苦しみの中、筆を折るつもりで書き続けていたという本……でも、さっき地下鉄に揺られながら読んだあの話からは、そんな空気はどこにも感じられなかった。
……むしろ、ただ「書くのが嬉しくて仕方ない」と叫んでいるようにしか思えなかった。
「書いてて分かったんだよね。俺、やっぱり書くのやめらんないわ、って。でも、若造が引き当てるには、デカすぎる当たりだったんだ、って」
「……賞を取って小説家になったことが?」
「うん。『中村ショータ』が勝手にデカくなって、実際の俺とはほど遠くなった。でも、無理して『中村ショータ』になることもできなかった。……だから、割り切ることにした。あれは看板だ、って」
「看板?」
「俺が書いたものを、小説家として世に出すのが『中村ショータ』。だから、『中村ショータ』がどう思われても、俺自身には何も関係ない。……まあ、ただの『逃げ』なんだけどさ」
彼の言葉が、何となく引っかかった。私は、これと同じようなことを、つい最近どこかで見かけた気がする…… そう、あの本の中で。
「だから、主人公が双子?」
「……はい?」
「『宝石シリーズ』の主人公。みんなの前で推理を披露するのは双子の弟の方だけど、実際に謎解きしてたのは兄だったでしょ」
地下鉄の中で読んだ、『宝石シリーズ』の第一作目。その中で、主人公の一人である双子の兄は、自分が解いたトリックの謎を全て双子の弟に託して、自分は一切表に出てこようとしなかった。……推理を披露して、みんなから拍手喝采を受ける弟。だが、兄はそれを気にもしない。
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