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はっと猫を見る。猫はまた雑誌の上ですやすやと眠っていた。猫の声じゃない。勢いよく振り向くと、コンビニの袋をぶら下げた倉本さんが、口元をにやけたように緩めて私を見下ろしていた。
「猫に喋りかけてんの。そんな気に入った?今朝拾ってきたんだけど」
「く、倉本さん」
「もしかして、その猫のこと俺だと思った?」
猫じゃなかった。倉本さんは魔法使いじゃない。ただの人間だった。
「なんかよく分かんないけど、お前の本音聞けたわ」
嬉しそうに近寄ってきた倉本さんは、コンビニ袋を放り投げると、力強く私を抱きしめる。私はと言うと、突然のことに驚いて体を固める。目を見開く。
猫と、目が合う。
優しい目だった。
「俺のこと好きだったんだな。抱きしめてほしかったんだな」
そうだ、倉本さんは人間だ。
猫じゃない。魔法使いじゃない。だから言葉にしないと伝わらない。倉本さんが何を考えているか分からないけれど、それは彼も同様だったのかもしれない。至極簡単なことに今更気付いて、なんだかとても、心が柔らかくなった。素直に頷く。耳元で空気が揺らぐ。
倉本さんが笑ったのだ。
「猫じゃなくてよかった。お前を抱きしめられる」
倉本さんが暖かに力を込めた。私は安心して力を抜いた。見上げれば初夏の一面の青空。言葉を浮かべるには、最高の広さだ。倉本さんがからかうように「それにしても猫のが可愛いって酷い男だなぁ」と笑った。微笑みが細やかな空気の揺らぎを生む。猫の髭も同じ緩さで揺らいでいる。私も同じように笑って、「猫だとしても好きですよ」
猫が呆れるように、にゃあと瞬きをした。
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