甘い瞬き

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 倉本、と彼の名を呼ぶと、猫が緩やかに目を覚ました。私に目を向け優しく頷く。こんなことになってしまったのに、相も変わらず呑気な仕草だった。変わらない鷹揚さ……小さな不変に安心したのか、それとも現実を突きつけられたショックか、憧れか。私は途端に泣きそうになった。微笑みを浮かべる余裕もなく「本当に猫になってしまったんですか」と弱々しく呟く。  猫が鳴いた。  私もちょっとだけ泣いた。  本当に、とは。  昨晩眠りの間際で猫になりたいと零したのは私だけれど、倉本さんは否定したのだ。『それじゃあお前に抱きしめてもらえないだろ』と。夢と現の境界も分からなくない夜の真ん中で、倉本さんは祈りのように呟いた。だったら、 『俺が猫になるよ』  我儘な人だ。私が猫になれば倉本さんは抱きしめられないけれど、倉本さんが猫になったら私が抱きしめてもらえない。確かにこうしてどちらかが猫になればどちらかが死ぬまで何も考えずに傍に居れる。でも、こんなの、酷い。 「倉本さん、あんた」  にゃあ。猫が軽やかに鳴く。 「にゃあじゃないですよ。あぁ、もう、どうするんですか。猫って、あんた、あんた……」  にゃあ、にゃあ。『気にすんなよ。この姿でもドラムくらい叩けるぜ』不思議なほど猫の倉本さんの考えてることが分かる。トテトテと雑誌の傍に歩いていき、遊ぶようにその上で跳ねだした。猫の倉本さんは身軽で、なんだか可愛らしかった。 「倉本さん、猫のほうが楽しいですか?確かに、猫のが可愛い。なんか、汚れてません?あんたそのものだ」  あ、意外とふんわりしている。  喉元を撫でる。倉本さんが目を細める。可愛い。なんだ、こっちの方が可愛いじゃないか。けれど、 「倉本さん。その姿でどうやって私のこと抱きしめるんですか」  猫の倉本さんの前だと、驚くほど自然に弱音を吐けた。いつも人間の倉本さんの傍だと、強がりの自覚もないほど、こんな声出せなかったのに。どうして。 「どうして……」 「お前何やってんの」  と、声がした。
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