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遠くに見える煙の臭いを想像する。
とても香しいとは思えないそれが、なんとなく懐かしさや虚しさの塊のような良く知っている臭いに似ている気がしてならない。
あれが工場のものなのか、火葬場のものなのか、ときどき分からなくなる。
工業地帯から程よく離れた住宅密集地にある自分の家は、いつもどこか暗い影を落としているようで、息苦しさを感じる。
父が死んで、三か月が経とうとしていた。
母は一人息子の自分を心配して気丈に振る舞っているが、心なく空虚を見つめることが多くなった。
中学に上がったばかりの息子を励ましながら、その言葉を自分自身に言っていることを、僕は知っている。
葬儀場で、大丈夫だよと僕の背中を撫でながら泣くのを我慢していた母は、きっと途方もない痛みの中で息子の言葉を聞いていなかったのだろう。
僕がいる。僕がいるよ。
じっとりと雨が降り続ける。
梅雨は明けているはずなのに、嫌な天気だ。
雨合羽に身を包んで学校を後にした僕は、なぜか母親の仕事場へと自転車を走らせていた。
父が地元では有名な大きい工場で働いていた時から、母は自宅近辺のスーパーでパートをしている。
そういえば仕事をしている姿をほとんど見たことがない。
好奇心とは違った妙な心のざわめきのままに職場を目指す。
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