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雨脚が強くなる。
自分では日常に戻っているつもりでも、やはり未だ辟易しているのだろう。
見慣れているはずの景色も、今日は狂気を孕んでいるように思われて体が強張る。
母親の働いている場所に到着し、駐輪しながら店内を覗く。
スーパーの制服というのだろうか緑色のエプロンを身に着けた母を見つけた。
すると、どうやら様子がおかしい。
客であろう中年の男がクレームをつけているのか、外に居ても分かるほど大きな声で何やら喚いていた。
必死に頭を下げる母親の姿に、僕は呼吸が激しくなる。
僕がいる。僕が守る。
体が震えて動かなかった。
どうしてそうなったか経緯も分からないし、急に中学生になり立ての息子が飛び出してもたかが知れている。
ただ、大柄の男が、縮こまって謝る一回りも小柄な女性に手を上げようとするなんておかしいに決まっていることだけは分かっていた。
呆然と見守るしかないのか、額の冷や汗が頬を撫でた。
今にもとびかかりそうな客を宥めたのは、バックヤードから現れた店長らしき男だった。
途端にへらへらしだした客は、店長が頭を一度下げると軽く手を挙げて簡単に店を後にした。
今僕の眉間には盛大なしわが寄っているだろう。
誰かを傷つけようと躍起になる人間は、いつでも相手を選んでいる。
僕は嫌というほどそれを知っていた。
とにかく難は去ったことにホッとする。
声をかけようとお店に入る。
すると、母を慰めるように肩へと置いていた店長の手が、なぜかするすると下に降りるのをみつけ、僕はピタリと足を止めてしまった。
みるみるうちに下げられた手は、いずれなんのためらいもなく母のお尻を撫で回した。
目の前の光景が理解できない。
強張っている母の体は身じろいだものの強く抵抗してないように見えた。そのかわり、僕から見える表情は怯えていて、まるで、あの時のようだった。
今だ。今行くんだ。僕が守る。
僕が守るんだ。
自分より何倍も大きく見える大人の男に足がすくんだ。
どうして、なにもできない。
あの時の光景がフラッシュバックする。
何もできなかった自分。嫌だ逃げたくない。怖い。
背中にじっとりと冷や汗をかく。
僕は、気がついたらスーパーを飛び出し、風雨の中ある場所へただ走っていた。
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