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僕はいてもたってもいられず、すぐに階段を降りると、さっきまでは怖くて入れなかったリビングに飛び込んだ。
お母さんがいた。
父親の姿は見当たらない。
お母さんが花瓶の破片を集めているところだった。
僕が近づくと、笑った。
「ごめんね。大丈夫よ。怖かったね。お父さんは疲れていたのよ。反省していたよ。外で頭を冷やしてくるらしいわ」
血が出ていた場所には小さな絆創膏が貼ってあった。
僕は気が付いたら、わんわん泣き叫んでいた。
「お母さん! 病院に行かないと死んじゃう! 早く、病院行こう? 僕が一緒に行くよ! 頭、ぶつかったら、痛くなくなっても死んじゃうんだよ、いとこのゆっこちゃん覚えてるでしょ? 転んで頭ぶつけて、すぐ痛くなくなったから病院いかなくて、次の日倒れちゃったんだよ? ねぇ、早く、早くしないとお母さん死んじゃうよ!!」
母親は幼稚園の時以来かもしれないほど泣きじゃくる僕を抱きしめ、花瓶の破片が飛んできてちょっとおでこを切っちゃっただけだから大丈夫、ごめんね、と静かに言っていたが、きっと泣いていたんだと思う。
次の日に父親は僕に謝ってきた。
もうしないと約束したし、本当にその通り、家ではお酒を飲まなくなった。
それでも、僕にとって父親は恐怖の対象でしかなくなってしまったのだ。
どんなに笑っていても、ふとした瞬間あの時の怖い顔が思い浮かぶ。
それ以上に、僕はあの瞬間何もできなかった自分が怖かった。
誰よりも大切な母親が一番苦しんでいた時に、何もできなかったのだ。
あんなことは絶対に嫌だ。今度は、絶対に守るんだ。
そう自分自身に誓ったはずなのに、また繰り返してしまった。
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