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 「例え教師をくびになっても、天国が用意されている。」  真剣にそう考えていたのだから始末が悪い。               5章・佳澄ちゃん    担任を持ってからの洋介は人一倍燃えていた。帰るのはいつも最後。  何をしていたかと言うと、部活動の合気道部の指導、教材研究であったが、洋介の用意するプリント類が際立っていた。  「ついに来るか、ソ連の日本占領。」  「日教組の平和教育に騙されるな。」  「南京大虐殺の大ウソ。」  「悲劇のカンボジア。キリング=フィールド。」  「GHQによって押しつけられた平和憲法。」  等々である。  宗教に洗脳されると人間というのはこんなにも簡単に変われるものなのか、つい昨日まで組合の青年部長をやっていた教師がこの変貌ぶりである。  暫らくの間、「土下座教師」は姿を隠してしまっていた。    しかし洋介は部活動の合気道部の生徒達には優しかった。  これは、運動部暴力を起こす教師とは真逆のパターンである。  だから、合気道部の生徒達は休み時間になると、よく職員室の洋介の机の前に集まっていた。  そんな中に佳澄ちゃんがいた。  佳澄ちゃんは体育があまり得意ではなかったが、たまたま入学した高校に合気道部があったので、入学したらここに入ろうと決めていた。ただ、女子でも入れるかどうか心配だったので、友達の山崎さんを連れて一緒に洋介のところまで来た。  「あのー。合気道部に入りたいんですけど。」  「はい、いいですよ。入部届けに名前とクラスを書いて下さい。」  あまりにもあっさりと入部が認められたので、佳澄ちゃんと山崎さんは少し拍子抜けしてしまった。  「あのー。女子の部員もいるんですか?」  「今の所女子が二十名、男子が十名。全く問題ありません。」  佳澄ちゃんは洋介を初めて見て思った。  「(もっと体育会系の先生かと思っていたら普通の人やないの?それも弱々しそう。こりゃ怖くないわ)。」  安心するとともにまた拍子抜けしてしまった。  しかし練習が始まってみると、この先生確かに上手い。
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