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 そして、二、三年生に技を指導していた。  二ヶ月間くらいは一年生は上級生から受け身の練習ばかり教えてもらっていた。  合気道の練習は約二時間から三時間くらいで、練習が終わると洋介が少し話をする。そして黙想し、礼をして終わる。  ところが、洋介の話というのがまたぶっ飛んでいた。  「合気道をやってるなら、開祖の名前くらいは覚えて下さい。植芝盛平先生です。」  そして、それ以降の洋介の話は主語が必ず「植芝先生」であった。  植芝盛平は身長が百五十センチ、体重は四十キロしかなかったが、プロレスラーの大男を投げ飛ばしたという話や、植芝盛平がモンゴルへ行った時に機関銃を撃たれながら、その間をくぐりぬけて敵に近づき腕をひねり上げたとか、大本教の本部で合気道を練習していたら光(マニ)が降って来たとか、荒唐無稽とも思える話ばかりだったので、皆は笑って聞いていた。  そんな中で佳澄ちゃんだけは真剣に耳を傾けていた。  彼女は小学校5年生の頃から宗教遍歴をし、また同じころより量子力学の本を読みはじめ、見えざる世界に大変興味を持っていたのである。  佳澄ちゃんは臆せず職員室の洋介の机までやってきた。いつも山崎さんが一緒だった。 そして勝手に洋介の本をいじくり回すのだ。 「(変わった子だ。普通なら『少し見せて下さい』くらい言うのに。」  そう洋介は思ったが、取り立てて咎めだてはしなかった。本を手に取る姿が可愛らしかったからである。  佳澄ちゃんは無造作に洋介の本をいじくり始めた。  最初は「合気道マガジン」次になぜか「新改約聖書」、そしてニーチェやキルケゴールの本、そして「バウムテスト」を手にとって言った。  「私、こういうのに興味ある。」  「ふーん。じゃあ、心理検査してみようか?そこのスケッチノートに『実のなる木』を描いてきてくれたらできるよ。」  「ありがとう。」  そう言って佳澄ちゃんはノートを一枚引きちぎった。  その後も佳澄ちゃんはやってきた。  「先生、合気道の道場へ連れて行ってほしい。」  「ああ、道場ねえ。実は無茶をするような人が入って来てねえ。最近僕も行ってないんや。ごめん。」
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