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それは1983年、洋介が教師になった年に起こった出来事であった。
洋介は大阪府の教員採用試験に合格し、堺市の某高校で世界史を教える教員となった。
それと同時に合気道部の顧問に任じられた。
たまたま赴任した学校に合気道部があり、洋介は合気道初段の腕前をもっていたので、自ら希望したのだ。
そんなある日、生徒の一人が鎖骨を骨折した。無理な受け身を試してみたらしい。
その時、洋介は部活動を見ていなかった。同僚の教師と遅い昼食を食べていたのである。
大体、合気道をやっていれば、鎖骨を骨折することぐらいは日常茶飯事の出来事である。しかし、当時の洋介は余りにもお人好しで、また世間知らずであった。
「これは親が文句を言って来る前に機先を制して謝っておくべきであろう。」
そう思ったのだ。
そして車を飛ばしてその生徒が入院した病院へと急いだ。
病院では、彼が腕にギブスをさせられていた。
「どうしたん?無理な受け身でもしたんか?」
「はい。迷惑かけてすみません。」
「いや、ええんやけど親は何て言うてるの?合気道なんかやめてしまえと言われなかったか?」
「いや。言われました。」
「それはいかん。お前の家はどこや?親に謝ってこなあかん。」 「そんなんいいですよ。元々やかましい親ですから。」
「いや、そう言うわけにはいかん。今から行ってくる。」
洋介は彼の住所を聴きだすと、目標の家へ直行した。
「ごめん下さい。」
「はい。どちら様でしょうか?」
「○○高校の合気道部の顧問です。」
中から品のよさそうなお母さんが出てきた。
「(今だ!土下座を決めるぞ!)申し訳ございません。私のいない間に和樹君の鎖骨を折ってしまったのはひとえにこの私、顧問のせいであります。どうかお許し下さい。」
土下座が決まった!
ここで土下座を決める時の注意であるが、絶対に先方の目を見てはいけない。目を見ないということは、こちらがいかような処分も甘んじて受けると言う意志表示なのである。
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