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「おーい、浅(せん)ちゃん。遅いよー。先に注文しちゃった」
「ここ、九時開店だろ」
別に俺も遅刻したわけじゃないのに、どうして先に入ってクッキーをかじってるんだ。
前髪をゴムで結んで、ちょんまげにしているショートカットの女。テニス部だから、ワンピ―スから見える長い手足が小麦色にこんがり焼けている。愛依は、俺の同い年の幼馴染だ。いや、夏休み前まで幼馴染だったっていうのが正解かもしれない。
「ちゃんとおばさんに言ってきたのか」
「そういう浅ちゃんだって、言えるの?」
「言うかよ。親父が落ち込んだら面倒だろ」
マスターが太陽の形をしたコップ置きと黄色い透明なグラスにオレンジジュースを入れてもってきてくれた。珈琲が飲みたかったのにちょっと不満だ。
「まあまだ豆が届いてないから、仕方ねえんだよな」
「よくわかったね。浅一くん」
「わかるよ、何回同じ体験したと思ってんだよ」
オレンジジュースを飲みながら、さっさと答えを埋めていく。
「あれ、私のノート見なくていいの?」
「いい。もう答え、覚えた」
「見てもないのに?」
不思議そうに言うけれど、その言葉も10回目だ。
宿題の答え合わせとか言って、ただ俺に答えを見せてくれるだけで、愛依は俺のその様子を、両肘ついてみているだけなのも分かっている。
「浅ちゃん」
「んだよ」
「もう、戻れないのかな、私たち」
その話も32回目。なんど遮ってもカフェにいる間にその話をする。
耳をふさいでもする。
「あはは。うちのパパと浅ちゃんのママが駆け落ちしちゃうなんて驚いたよね。二人とも、幼馴染だったってね」
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