第1章

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ドアを開けた瞬間、部屋内の小さなブラウン管テレビから音が聞こえた。どうやら、テレビを点けたまま、仕事に向かっていたようである。男は悪態をつきながら、テレビのリモコンの電源ボタンを勢いよく押す。すぐに画面は真っ暗になり、反射して真正面にいた男の顔を映す。逆さまの女の顔もだ。  「ああ!?」 男は驚き尻餅をついて、画面からのけぞる。真後ろには窓があり、すぐ近くには電柱が建っている。夜中である為、外灯も点いており、まるで、女は両足から、電柱にぶら下がっているかのような体制である。男は画面からのけぞったが為に、窓のほうへと近寄る体勢になっていた。電柱の方向から音が聞こえる。まるで、黒板に爪を突き立て、そのまま引き裂くかのような音だ。不快感と恐怖が男を同時に襲う。  「ちくしょう!なんだってんだ!」 煙草の吸いすぎですでに枯れかかっていた喉から、大声で叫ぶ。そして、思い切って窓の方へと体ごと振り向く。女の姿は無く、いつもの見慣れた電柱が建っており、外灯には 虫がたかっている光景が見えるだけである。  「酒の飲み過ぎか?もう寝るか」 食事もとらず、着の身着のまま男はほつれている布団へと体を滑り込ませた。まだ、背中には冷や汗が残っていた。 一週間後、またもサービス残業の帰り道を一人、ふらつきながら歩いていた。  「残業多すぎだろ。また酒飲むか」 毎日のようにぐだを巻きながら、部屋まで帰り着く。ドアを開く。テレビの音が聞こえてくる。一瞬、心臓が早鐘を打つ。先週と全く同じ状況をまるで、ビデオを巻き戻して再生されたかのように、再現されていたからだ。 自然と男は生唾を飲み込み、窓のほうを向いた。電柱が見えるだけだ。安堵の溜息をつきながら、すぐにテレビの画面を落とす。またも、画面に反射し、男の顔が映し出される。 そして、逆さまの女の顔も。  「うわあああああ!!」 二度目の出来事に男は混乱し、手元に持っていたリモコンを振り向きざま、窓へと投げつける。  パリン! 小刻みの良い音を立てながら、リモコンが直撃した窓ガラスは割れ、砕けた破片はまるで雪の結晶のように地上へと落ちていった。 電柱には女の姿は無い。  「はぁ.......はぁ......ふざけんなよ」 荒い息を吐きながら、額にまで浮かび上がった汗を、工場の油で薄汚れた袖を使って拭い去る。明日、アパートの大家に問い詰めてやると男は固く決心していた。
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