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あの雨の日まで、涼は彩綾を知らなかった。クラスの名簿では認識していたものの、あまりにおとなしい彼女に気づいていなかったというのが本音だ。
だから、どうして彩綾がこんなにも涼を想ってくれるのかわからない。涼を庇って轢かれた理由も、直前に言いかけた言葉も。
尋ねる勇気はなかった。聞いたら、いなくなってしまうような気がして。
「……何が償う、だ……」
何て身勝手な人間なのだろう、自分は。
この想いを告げる資格はない。伝えられるほど綺麗な感情でもない。
けれど、飛び立っていかないように羽を切り、籠に閉じ込めている、なんて。
もしこの世に神様がいるなら、自分を罰してほしい。今すぐ地獄に叩き落して、本当の意味で罪を償わせてほしい。火炙りでも針の山でも、いくらでも受けるだろう。
このままだと、彩綾を縛りつけてしまいそうで、自分が恐ろしい。
真実を隠したまま、足を奪い、考えることを放棄させ、最後には彼女のすべてを取り上げるかもしれない。
だから早く、一刻も早く天罰を。彩綾が逃げられるうちに、どうか。
ああ、でも、もしかしたら。涼の唇に、乾いた笑みが浮かぶ。
「これが……罰なのかもな……」
愛する少女の最も近くにいながら、抱きしめることもかなわず、罪悪感と自己嫌悪に苛まれ続ける。
きっとそれが、涼への罰。そして代償。
それならせめて、彩綾には隠し通そう。涼がどれほど歪んでいても、それを悟られないように、あの狭い世界の中だけでも幸せに。
それが、涼にできる唯一の贖罪で、救いなのだから。
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