3.彼女の罪

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 涼がハッと目を見開いた。酷く驚いた顔をして、次第に怯えた色が浮かぶ。  優しいひと。何一つ悪くないのに、責任を感じて苦しんでいるひと。そんな彼に対して、彩綾は最低な願いを吐き出す。 「涼君、わたし、とっても貧乏なんです。足も動かなくなっちゃったので、働く場所も限られてしまいました。学校にももう、怖くて行けません」  涼の品よく整った顔がグシャリと歪む。罪悪感に襲われながら、更に彼の傷を抉る。抉って、抉って、抉って。 「怖いんです。世界のすべてが怖くて怖くて仕方ないんです。わたしに味方はいません。みんなが、こわい」  抉ったその心の内に、彩綾は逃げ込んだ。 「だから、助けてください」  涼がピタリと動きを止めた。一度大きく息を吐き、うつむく。  嫌われただろうか。愛想を尽かしたのかもしれない。  永遠にも思えるほど、長い、長い沈黙ののちに、涼は小さく溜息をついた。 「……ありがとう」  涼の唇が緩む。安堵に満ちた笑顔で囁き、床に跪き彩綾の手を取った。 「俺の一生をかけて償おう。君の言うことを、俺だけは何でも聞いてやる。もう、君が傷つかなくていいように」  それが命を助けてもらったことへの感謝の証だと言って、もう一度微笑んだ。 (言って、しまいました)  これでもう、彩綾は涼を縛ったも同然だ。誰よりも誠実で心優しい涼は、言葉通り一生をかけて償ってくれるだろう。贖罪の、ために。  彩綾はズルをしてしまった。ただ一つ、大事に抱えて守っていた恋心まで穢してしまった。もう二度と、涼に告げることはできない。  好きだと言えば、きっと涼は叶えてくれるだろうけれど。 (告白はしない。わたしの心の中に、留めておきます)  それが、最後の意地。轢かれる間際に口にして、けれど伝えられなかった言葉。  微笑み返した拍子に、一粒だけ涙がこぼれ落ちる。きっと、一生告げることのない想いのカケラだった。
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